「ナルト君?・・・どうして?」


目の前にいたのは、ナルト君だった。
そこにいるはずのない彼の姿に動揺する。



「シカマルなら・・・行っちまった・・・・・」



シカマル君は・・・行ってしまった・・・・・・
ナルト君の言葉が私の耳を通り過ぎていく。



「そう・・・・」



私は何を期待していたんだろう・・・


当たり前だよね。
シカマル君の気持ちを知っておきながら、私はサスケ君の家に来た。
だけど、だけどね。
私はこうするしかシカマル君への気持ちに向き合えなかった・・・・・・


だから・・・仕方ないよ。


シカマル君に嫌われたって・・・・どうしようもなかったからこうした。


全て私が決めたこと。


ここにシカマル君が待っていてくれるなんて・・・そんな虫のいい話しなんて、
ありっこない。


仕方ないよね。


シカマル君に嫌われたって・・・・




分かっていたはずなのに、予想していた事だったのに、涙がポロポロと溢れた。




ナルト君の前で、声をころして、私はうつむいたまま泣いていた。
情けないほど寂しくて、悲しくて、体がガタガタと震えて、握った拳にギュッと力が入った。




これで・・・これで全部終わっちゃうの?
もう私の名前も呼んでくれないの?
もう・・・私そばにいられないの?


シカマル君・・・・っ














「バーカ。泣いてんな。俺はまだお前らのこと信じてっからなっ・・・・お前・・・
 記憶なんかなくったって・・・シカマルが好きなんだろ? だからサスケんとこから
 もどって来たんだろ?」


「ナ、ナルト君・・・・」


優しい声に私はそっと顔をあげた。
その時に見たナルト君はこの間よりずっと男らしく見える。
その青い瞳はとても綺麗で・・・・・
何故だか不思議と素直に気持ちを言えてしまった。


「うん。大好き。・・・私・・・シカマル君が好き」


ナルト君はその言葉を聞くと、とてもゆっくりと ニッ と笑った。


今度は子供みたいに。


「なぁ。人を信じることが出来ないって思った時ってよ、すんげぇ辛いんだってばよ。」


ナルト君の手が目の前に伸びてくる。
そして私の髪先をギュッと握られた。


「あいつを助けてやってくれよな。それが出来るのはお前だけだ」


髪先に触れられただけなのに、私の体はジリジリと熱くなる。
ナルト君の想いが髪先から伝わってくるみたいに。


なんて強いオーラ。


ナルト君はシカマル君の為に本気になっているんだと分かる。




でも・・・・



私が・・・シカマル君を・・・・助ける??




「無理だよ・・・」



私には、シカマル君を助ける自信なんてないよ・・・・。
だってっ


「私がシカマル君を傷つけたんだもの・・・・・」








「そんな軽いもんじゃねぇって。あいつがお前を想う気持ちはさ。」








シカマル君が私を想う気持ち・・・・・







「んじゃぁ・・俺そろそろ行くわ」


ナルト君は目の前で楽しそうに あは と笑った。


でも・・・・


「ま、待って!ナルト君!!シカマル君は?シカマル君はどこに行ったの?」


掴まえておかなかったら、風のように目の前からサッと消えてしまいそうなナルト君の
オレンジの服の裾をかろうじて捕まえた。


ナルト君は ん? とそんな私を不思議そうに振り返った。


「さぁ?」


ナルト君はあっさりとそう言った。


「え?え?ナルト君も知らないの?」


そんな・・・シカマル君は家に帰ったのかな?そうじゃなかったらどこに?
今すぐじゃなきゃ、何もかも間に合わない気がする・・・

でも、私、シカマル君が行くような場所、覚えてないっ!!



私がオタオタしていると・・・・


ナルト君の手のひらが私の肩に ドスン と痛いぐらいの強さでおかれた。


その重みに私はビクリとナルト君を見上げる。



「過去とか、記憶とか関係ねぇ。お前が見つけるんだ。今ここに存在しているシカマル自身をな。」


吸い込まれそうなほど強い瞳・・・・
ナルト君なら、こんな時、きっとどんなことがあっても大切な仲間を必ず見つけ出すことが
出来るんだろうな・・・


でも・・・私は・・・・



・・・お前なら見つけられるってばよ  お前だって・・・そんな軽くねぇだろ?
 あいつを想う気持ちはよ・・・・」


ナルト君の言葉が胸に突き刺さる。


そうだよ・・・
私だって、シカマル君を想う気持ちは誰にも負けない!!
記憶なんて、過去なんてもう関係ないよ!!

私はシカマル君が好き!!!
今日、やっと分かったの。
こんなにも私はシカマル君が好き・・・・


私がシカマル君を見つけだして、それを証明したい。


たとえシカマル君に想いがとどかなくったっていい。
私の本当の気持ちを、ちゃんとシカマル君に、今のシカマル君に伝えたいっ



「ナルト君。私・・・シカマル君を探すよ。絶対見つけるよ・・・・」


「あぁ・・・お前なら・・・出来るよ」


ナルト君は へへっ と笑った。




そして、私達は「じゃぁな」「じゃあね」と短い挨拶でお互い別の方向に別れた。









私が・・・見つける。
シカマル君を絶対に見つけるっ!!!






シカマル君の家とは別の方角に私は走りだした。





















記憶の無い私に、木の葉の里はあまりにも大きすぎた。


目の前に見えてくる繁華街。
夜でも、ちょうちんや紐でくくられた電球の明かりがチラチラと輝く。


町はちょっとした人ごみだ。



サスケ君の家から繁華街まで一度もとまらずにここまで走ってきた。




でも-----------------------------------




『ここじゃない・・・・シカマル君はここにはいないよ。』



私の心がそう言っている。





私は踵を返して、また別の場所を探しに走る。




前にみんなにあった演習場は?


今度は森を目指して走った。



繁華街から森までどのぐらいの距離がある?
息がきれて苦しい。
暗闇に押しつぶされそうな心をグッとこらえて、私はひたすら走った。


あの森へ行かなきゃっ





でも-------------------------------------



その場所に着いたとたん・・・




『ここじゃない・・・・シカマル君はここにはいない。』



また私の心がそう言ったように感じた。





だったら・・・いのちゃんやチョウジ君と行ったお団子屋?



違う!違う!




みんなが行っていたアカデミーの学校?



違う!絶対違う!!





だったら・・・・どこなの?・・・・・・・・・・・




急に足が止まる。
頭の中が・・・真っ白だ・・・・・・


あてどなく走って、もう膝が限界で、ガクガクする。


はぁはぁと息もきれて、私は膝に両手をあてて、下をむいた。



苦しい・・・・


涙がボツボツと地面に落ちて、しみを作る。


シカマル君にこのまま会えないの?・・・やだ・・・会いたい・・・会いたい・・・
シカマル君・・・大好きだよ。
だから、このまま離れて行かないで・・・・・・私、シカマル君が好きだよ・・・・



「シカマル・・・君・・・・」


うっうっ


涙がとめどなく出てくる。
こんなところで泣いてたってしょうがないのにっ
なのにっ



その時----------------------------------------------------------



私の心の中に 声 が聞こえた。










『いい天気だから、いいとこ連れてってやるよ。』


(シカマル君の声・・・・・・・)



『どうだよ?最高だろ?』


(この・・・台詞・・・・・・?)




私の頭の中に

広い土手の風景が広がった。
目の前の川が青い空を映し出して、キラキラと輝いている。
空はどこまでも続いて見える。

土手の草はいきいきと緑の葉を揺らし、そこにシカマル君が寝そべっていた・・・・・






心臓がドキドキする。




考える前に私の足はひざの痛みも忘れて、走りだしていた。




暗闇も怖くない。
ときおり強く吹く夜風もおしのけるみたいに走った。


早く!早く!


心の声が私の疲れきった体を動かしてくれる。



そう、あの時。
私がシカマル君に黙って家を出て、サスケ君に会いにいった時、シカマル君は必死で私を
探してくれた。
あてのない場所をいくつもいくつも走って、汗をかいて、息をあらげて・・・・


ちょうど今の私みたいに・・・・


そして、私をちゃんと見つけてくれた。








あの帰り道。
私はシカマル君と寄り道した。




それはあの土手だった。




『家にいるのもめんどくせぇ時は大抵ここに来る。俺はここで空とか星とか見んのが好きだ』




あの時、優しい瞳で空を見上げていたシカマル君の横顔を思い出した。



そうだ。
間違いない!!
シカマル君は今、そこにいる!!!




























俺は暗がりの道をあてどなく歩いていた。
頭の中は真っ白で、何も考えられない。

いや、無意識に考えることをしなかったのかもしれない・・・・

家には帰りたくない。
ほっとする温かさも、電気が照らす人工的な明るさも、今の俺には無意味に思えた。


どこへなりと行けるとこに行けばいい・・・今はそれでいいと思っていた。




でも-------------------------



「へっ・・・・・」



思わず笑っちまうぜ。



結局、俺はいつもここに辿りついちまうんだよ・・・・・




今の時間、当たり前のように人影もなく、月の光を覗いては真っ暗闇のその場所。
それでも俺にはかえってこの暗闇が居心地が良いように思われた。






空には星が空を埋め尽くしている。




「綺麗だな・・・・」


真っ白い息が夜空にあがっていく。

無意識に言葉がでちまうほど、本当に綺麗だった。
気温の冷たさが指先と鼻先のジンとする痛みで分かる。



それでも構わず俺はその場に腰をおろした。
夜風にあたった草はひんやりとしていた。



もう・・・このまま凍えたっていいか・・・・



情けないほど、もう立っている力すらも出ない。


「はぁ・・・・」


思わずつくため息。


(ここに座ってると、この世でたった一人きりになったような気持ちになんな・・・・)



「くそっ」



俺は自分の体をグッと抱えて、うずくまった。



考えたくなんかないのに、思い出すのも嫌なはずなのに、俺の頭の中は勝手に動きだして、
今だけは思い出したくもない映像をうつしだす。


の・・・・後ろ姿だ。



お前は一度も振り返らず、サスケの元に行っちまった・・・・・・・



あの後・・・はどうしただろう・・・・・



の背中を見送った後、ナルトと話しをした数分間。
それでも、は戻っては来なかった・・・・・・



サスケはを部屋に入れたんだろう・・・・・



サクラやいのさえも一定の距離をとっていたサスケ。
でも、昔からのことだけは別格だった。
少なくとも、俺にはそう見えていた。

でも、お互いに家族のいない同士。

恋愛感情とかそんなもんじゃなく、友として繋がっているとずっと思っていた。


でも---------------------------------


本当はそうじゃなかったのか?








サスケと俺には何の接点もねぇ。

俺が特別という訳じゃなく、サスケと対等にやりあえるのは・・・たぶんナルトだけだ。

だから、サスケの本当の気持ちなんて、俺には分からねぇ。


サスケは・・・を好きなのかもしれない。


だったら・・・・想いを告げたをサスケは受け入れるのか?・・・・・





座った草の上で、俺はうずくまった。
考えることを無意識に避けて、ここまで来たってのに、俺の頭の中はもうその事で
いっぱいだ。






サスケが・・・を・・・・・・・・・・







『シカマル君////////』



お前の顔がいくつも浮かぶ。




俺を呼んだあいつの唇にサスケが触れるのか?
あいつの真っ白な肌をサスケの手が撫でるのか?
あいつの肩に胸に足に・・・・



そんなのっ



「許せるわけねぇっ」







ドゴッ





無意識に右手の拳が地面をたたきつけていた。



「んなこと・・・俺は・・・・」



行き場のない怒りが腹に黒い塊のようにたまっていく。
はじめっから・・・あいつをサスケの家に送った時から覚悟してたはずだろ?・・・
の無くした記憶を埋められない俺には、を幸せにする資格もねぇんだよ・・・・・





そして・・・・・記憶をなくしたが選らんだのは・・・・『サスケ』だ。





なのに俺は・・・・・




『シカマル//////』


の声。
脳裏にやきついたあの時の記憶が何度も何度もリピートされて、俺を追い詰めていく。








『私ね、どんなにシカマルと離れ離れになったって、たとえ、生まれ変わって、姿形が変わったって、
 絶対にシカマルを見つける自信あるよ!!』


『たとえ、生まれ変わってシカマルが私を忘れちゃっても、私は必ずシカマルを見つけ出して・・・それで
 必ずシカマルを好きになる。 私は、何回だって、シカマルに恋をするよ』



『何回だってシカマルに恋をするよ』







どうしてあんな事言ったんだよ?
どうしてあんな綺麗な笑顔で笑ったんだよ?
どうしてお前は・・・・忘れちまったんだよ?








もう、俺は・・・・・・誰も信じねぇっ















その時----------------------------------------------------------------------
















「シカマル・・君!! どこ?    シカマル君ーーーー!!」




必死に俺を呼ぶ声。
かすれて、息も絶え絶えの苦しそうな声。







嘘だろ?







暗がりで姿は見えなかった。
でも、その声は間違いなくこっちに向かってくる。




嘘だ・・・俺はもうお前を信じねぇ。信じたくねぇ。もう、これ以上傷つくのは嫌だっ





俺は気配を消して、高くそびえる木の上に身を潜めた。



(このまま俺に気づかずにどっか行ってくれっ 俺の前から消えてくれっ)



ギュッと目と閉じる。


お前の姿を見るのが怖い。


サスケの元に行ったお前を、また少しでも期待して信じようとする自分が怖い。




「シカマル君!いるんでしょ? お願いっ 私の話し、ちゃんと聞いて・・欲しいのっ・・・シカマル君!!」


はぁはぁ。


のあがった息まで俺の耳にとどく。
たぶんこの木の近くまで来てる。



(なんで来るんだよっ なんでここにいるって分かったんだ? どうして、今更おれのことなんて探すんだよっ!!)




もうやめてくれっ 
もうかき乱さないでくれっ
もうお前に裏切られるのはこりごりだっ



なのにっ




「シカマル君・・・シカマル君・・・どこ?・・・・」



の涙声に心臓がドキドキ高鳴る。



「はぁはぁ・・・・」


粗い息。



(ばかっ お前どっから走ってきたんだよっ )



この寒空の中、体を震わせているのも想像できた。



「シカマル・・君っ  シカマル君っ 」



の必死の声に、俺は耳を塞いだ。



・・・ごめんな。 俺はもう・・・お前を抱きしめてやる余裕なんか残ってねぇよ・・・)



木の幹に体をあずけて、うずくまった。



(このまま・・・気づかずに・・・かえってくれっ)







でも---------------------------------------------------------------------------------------






「シカマル君っ どこ? どこにいるの?」


の声がだんだんと遠ざかっていく。
風にまじって、草をかきわけるザワザワとした音が響いてきた。




(バカっ!そっちはっ!!!)


























シカマル君は絶対にこの場所のどこかにいると思った。

それはただの勘で、根拠なんて何もなかったけれど、それでも、私はその場所を探すことに必死になった。



ここで必ずシカマル君を見つける!!



私は苦しい呼吸も構わずに、シカマル君の名前を呼び続けた。


ここにいても、シカマル君が私の前に現れてくれることは無いのかもしれない。
私はあんなひどい事をして、シカマル君を傷つけた。
それでも、私はこのまま帰れないと思った。

たとえ、シカマル君が私を許してくれなくても、怒って怒鳴って背中を向けられたとしても、それでも私はちゃんとシカマル君
を見つけて、シカマル君と一緒に帰ろうと思った。


それが、シカマル君を傷つけた私の報いなら、いくらだって、私はそのために傷ついたっていいっ!!



だから必死だった。



シカマル君を見つける!!シカマル君に会うっ 会いたいっ!!



土手から見える草むらは深く生い茂って、夜空の月明かりでも真っ暗で先も見えない。そしてその先は・・・・・



それでも、私はシカマル君を見つけたかった。



草をかきわけて、どこかにいるはずのシカマル君を探した。




何時間かかったっていいっ このまま冷たい風に体が凍えたっていいっ シカマル君に会えるならっ!!!



「シカマル君!シカマル君!!」



私の声は、この大きな草はらの中に吸い込まれてしまう。
それでもっ この場所のどこかにいるシカマル君にだけ響いてくれたら、それでいいっ!!




出せるだけの精一杯の声でシカマル君を呼び続けた。





「シカマル君ーー!!どこ?」




喉が痛い。
走りつづけた膝がガクガクする。



私・・・どれだけの時間ここにいるんだろう?
こんなに歩いているのに、足先から徐々に体に寒さが染み渡ってくる。



本当は分かってる。


シカマル君にこの場所で会えないのは、シカマル君が私を許さないと決めたからだ。
何もかも忘れて、サスケ君を選んだんだって、きっとシカマル君は思っているだろう・・・・


だから、出てきてくれないんだ。


それでも、私は必死で呼びつづけた。



「シカマル君!シカマル君!!」



シカマル君は私になんてきっと会いたくもないはず・・・・・
だから、自分から出てきてくれないのは分かってる。

だったら、私がなんとしても自力でシカマル君を見つけるんだ!!!




私は必死で歩きつづけた。



その時、ズルリと足元の地面が動いた。



「あっ」


声を出した途端に グラリと体が傾いた。




「きゃーっ」


気がついたら、掻き分けた草の先の河に片足が落ちていた。
河の近くでぬかるんでいた地面に気づかずに歩いた為に、河べりに落ちたんだ。






あたりは真っ暗で誰もいない。




ザーーーーーーーザーーーーーーーーーー



真っ暗な河は、あの日、シカマル君と昼間見たキラキラとした穏やかな流れとは反対に、全てを闇の中に飲み込むような
荒々しいものに変わっていた。



「い、いやっ・・・た、助けてっ」


大きい声が出ない。


私の右の片足は今にも体ごと河の中に私をひきずっていきそうな勢いだ。



(このまま、私、死ぬの?そんなの嫌っ 誰か、誰か助けてっ!!!)




声にならない言葉が頭の中で反響して、混乱する。



「あっ」


草を掴む手がしびれて、足が流されそうになった。



(もう・・・だめっ!!!)










その時----------------------------------------------------------------------------












グイッ




私の左の手首を誰かの強い手が握った。


誰もいないはずのこの河べりで誰かに手を握られたことに驚いて、私は思わず、今まで必死で握り締めた
草を離してしまった。


それに動揺した私は、思わず体をばたつかせてしまった。
そのはずみで、体を支えていた土がズルリと河にズレ落ち、私の体が半分河につかった。




「きゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!」




「動くなっ!!落ち着け、バカ!!」



あ!!



その声にドキリとする。



「シ、シカマル君!!!」



シカマル君は半分河につかり、流されそうになる私の体を左手をひっぱりあげるようにして必死で抱き寄せようとして
くれている。


!!俺につかまれっ!!」


「シ、シカマル君・・・どうして?」


シカマル君が自分の目の前にいるのが、どうしても信じられなかった。
だって・・・・私のこと怒ってるでしょ?最低だって思ってるでしょ?
なのに、どうして?



「いいかっ めんどくせぇけど、俺がお前を助ける!!だからもう心配すんなっ!!」



でも、河の勢いに飲み込まれている私の体はなかなか上に上がらないっ
そのせいで、シカマル君の体もズルズルと徐々に河に近づいていく。



シカマル君が苦しそうにしている顔が見える。



やだっ
こんなのやだよっ

私のことなんて、助けないでいいっ



私はサスケ君のとこに行ったんだよ?
シカマル君を何度も傷つけたんだよ?



ねぇ、私のこと、もう嫌いでしょ?


だからもうっ!!




「もうやめて!!シカマル君が落ちちゃうよっ!! 私のせいでシカマル君が死んじゃうっ!!!」



そんなのっ 絶対に嫌だからっ!!!



「バカ!そう簡単に死んでたまるかよっ!!お前はこの手を絶対離すなよっ!!」
















『この手を絶対に離すなよっ!!!』


















--------------------------------!!--------------------------------------












(あぁ・・・そうだ・・・・・・・)





私の目の前に、過去の映像が ガーーーーーーーーーーーーッ とフィルムの早送りのように動きだした。










その日、私はいつものようにその男の子と遊んでいた。

男の子は言ったんだ・・・・


『あの河には近づくなよ?なんかあったら、俺のこと呼べよっ いいな?』


『うん。分かった』



でも、その河べりには小さなかわいい黄色い花が咲いていた。



男の子は土手の上に寝っころがったまま、雲なんか見てる。
私は少し退屈で、男の子がボーッとしている隙に、ほんのちょっとだけその花を近くで見たくて、
河べりへ近づいたんだ。


約束をやぶるつもりなんて無かった・・・・



でも、近くまできたら、どうしてもその花が欲しくなったの。



土手を振り向いたら、男の子はまだ空を見てたから・・・・・・








ほんの一瞬、その花を摘もうと手を伸ばしただけだったのに、私の足元の土は私の体ごと、河に落ちた。






『助けてっ 助けてっ!!』



必死で声を出したつもりだったけど、流される河の中で、私は息もできなくなって、途中で何度も景色が
ぼやけた。



(私はどうしてあの時約束を守らなかったんだろう)



薄れていく意識の中、私は心の底から後悔した。



(私はきっとこのまま死んじゃうんだっ 誰も助けてなんてくれないっ)




でも、その瞬間。力強い手が私の体をグッと抱きかかえた。


一瞬で、沈みかけていた私の体がふわりと軽くなる。


あったかい手・・・・・・


水面に埋もれていた顔が水上にあがる。
とまっていた息が再び空気をすった。


その時、私のぼやけた視界に必死で私を抱きしめて泳いでくれている彼の姿が見えていた。
その子は私と同じ歳で、口が悪くて、いつも喧嘩ばかりしていた男の子。



後ろに束ねた黒髪が、その髪先まで水でビッシャリとぬれていて、何度も何度も水中に沈んでは浮かんでを繰り返していた。



『ねぇ、やめてやめて!私のせいで死んじゃうっ』


幼い私が必死で叫んでいる。


『バカ!そう簡単に死んでたまるかよっ!!お前はこの手を絶対離すなよっ!!』


その声に、私は必死でその男の子の体にしがみついていた。
彼はきっと私を助けてくれる。

だって、いつだって、その男の子は眉間にシワをよせて、意地悪ばかり言うけれど、一度だって、
私を本気で泣かせたことはない。
いつだって、めんどくさそうに、かったるそうに歩いてくるくせに、最後は絶対に私の手をひいてくれる。


だからきっと!!!




『・・・助けて・・・』


『めんどくせぇけど、助けてやるよっ 』


水の中で苦しいくせに、そんな余裕なんて全然ないくせに、彼は へっ と鼻で笑ってみせてくれた。



私を安心させるために・・・・・



その時、幼い私ははじめて気づいたの。
その気持ちに。






大好きだよ・・・・・・







『シカマル』









-------------------------------------------------------------------------------------








(そう・・・そうだよ・・・・・)






今更、あの時の記憶のすべてを思い出した。



(バカみたいだ・・・私。)



どうしてあの時、お風呂でこの記憶の断片を思い出した時に、私ははじめにシカマル君に聞かなかったの?・・・・・



泣き出した私を抱きしめてくれたのは、シカマル君だったのに・・・・
なのになんで私は真っ先にシカマル君だと気づかなかったの?



『あの時、河で私を助けてくれたのは、シカマル君なの?』


その言葉をあの時に言えていたら、そしたら、私達、こんなに傷つかずにすんだのに・・・・・・・・



『そうだよ。俺だよ』



その一言をはじめに聞いていたら、こんなすれ違いにはならなかったのに・・・・・・




どうして?どうして?










でも本当は違うっ 
そうじゃない・・・・・・







私達がすれ違ってしまったのは・・・・





私がすべてを忘れてしまったから・・・・・
こんなに大事な記憶をなくしてしまったから・・・・・・
他の大事な記憶だって・・・いまだに何一つ想い出せないままだからっ!!!!





私って最低だっ




記憶なんて関係ないぐらいシカマル君が好きだって勝手に盛り上がってた。



だけど違う。違うよ。



こんな大事なことを忘れてしまう私の『好き』はなんて軽いの?




どうしてこんな私をシカマル君は好きでいてくれるの?



シカマル君のこんなにも大きな想いに、こんな私が答えること出来るの?








-------------------------------------------------------------------------------------








!おいっ!しっかりしろっ!!!」




はっ




気づいたら、私の体は河から引き上げられていて、シカマル君の腕の中にいた。
傾けた頭にシカマル君の鼓動が伝わってくる。


私を・・・こんな私を助けてくれたの?



「バカ!お前、めんどくせぇことしてんじゃねぇよ!!」


私の頭の上から、シカマル君のいつもの意地悪な言葉。
なのに・・それなのに、その声はとても優しくて・・・・・・
シカマル君の想いが痛いほど響いてきて・・・・




(どうして・・・・どうしてここまでしてくれるの?どうしてこんな私を心配するの?)



どうして?どうして?どうして?



涙がポロポロと流れて落ちた。



「どうしたんだよ?お前、寒いのか?どっか怪我でもしてんのかよ?」


体を震わせて泣き出す私をシカマル君は尚も心配してくれている。
でも、もう嫌っ
こんなのヤダっ



「どうして私を助けたの?」



「え?・・・」



シカマル君の顔を泣きながら見上げる。



「あの時だって・・・幼い私を助けてくれた・・・めんどくせぇっていつも言うくせにっ」


今、私の目の前に、ずっと会いたかったシカマル君がいるのに。
シカマル君はこんな私を助けてくれたのにっ


だけど、私はそんなシカマル君の過去のすべてを忘れてしまったっ
そして傷つけた。

頭が気持ちについていけなくて、もう訳がわからなくなった。



「もうどうしていいのか、わかんないよっ」


「落ち着け・・・ 」



シカマル君は混乱している私をなだめるように優しい。
けど、もうやめてっ



「どうして助けるのよっ!!本当は、サスケ君のところに行った私のこと許せないくせにっ!!
 大事なこと、何一つ思い出せないような私のことなんて、めんどくせぇって思ってるくせにっ 意味わかんないよっ!!」




それは私の身勝手で勝手な八つ当たり。

でも・・・・・



「意味なんて・・・・ねぇよ」



シカマル君は私にそっと上着をかけた。


「あ・・・・」


さっきまでのシカマル君の体温を残したままの上着にくるまれて、まるでシカマル君が抱きしめてくれいている
みたいに温かかった。





「大事なもん守るのに、理由なんかいるか?・・・・・」


「大事な・・・もの・・・・・」








「帰るぞ」



シカマル君はそっと立ち上がった。









もう・・・何も言葉にできなかった・・・・・・
苦しい・・・苦しいよ・・・シカマル君。






私はあの時のシカマル君の言葉を思い出してしまったから・・・・・






『俺が忍びになったのは・・・忍びでい続けてる理由は・・・大事なものを守りたいからだ・・ただそれだけだ。』


あの時のシカマル君の声が私の頭に何度も何度も繰り返される。


 『俺の大事なもの・・・それだけは絶対に守りきってみせるぜ・・・
  その為なら・・・・俺は命をかける・・・・』





(命をかける・・・・・)




あの時、シカマル君が言っていた大事なもの・・・それは・・・










私なんだっ





















目の前を歩くシカマル君の背中。






何も言わないの?何も聞かないの?


『どうしてお前はサスケの家から帰って来たんだよっ』


そう聞いてはくれないの?




そしたら私、言えるのにっ



『私が好きなのはシカマル君だって分かったからだよ』







でも・・・・・




本当にそう言える?



















こんなにまでして私を想いつづけてくれたシカマル君の気持ちに、今の私がどう答えてあげたらいいの?











何もかも忘れてしまった私が・・・好き・・・だなんて軽々しく言えないよ・・・・・・・・










『過去なんて関係ない』


そう言ってくれたのにっ
サスケ君、ナルト君・・・ごめんね。



でも、それは違う。違うの。
私、シカマル君を助けてあげること・・・出来ない。





シカマル君の想いに答えられるのは・・・きっと過去の私だけ・・・





シカマル君を好きで好きで、小さい頃からずっとずっと一緒にいた過去の私。



何より大事だったはずのシカマル君を簡単に忘れてしまった、こんな私じゃない。












悔しかった。涙が出た。過去の自分に勝てない今の自分。
私って一体なんなんだろう・・・・









シカマル君に気づかれないように、しきりに涙をふきながら後ろを歩いた。







・・・・」




シカマル君は振り向かずに言った。




「お前は・・・覚えてねぇと思うけどよ・・・俺達、付き合ってたんだ。
 柄じゃねぇのによぉ・・・それでも・・・・俺は本気だった・・・・お前のこと好きだった」





私の心臓がバクバク言ってる・・・




シカマル君が・・・恥ずかしがりやで、無愛想で、意地悪なシカマル君が、はじめて言葉にして
私に気持ちを伝えてくれた。



それが、何を意味するのか・・・私には分かってしまったから。







「でも・・・もう終わりだ。  俺達、もとに戻るぞ。 小さかった頃と同じ、ただの仲のいい幼馴染によ・・・・・・・・」


「う・・・・うん・・」






受け入れるしかないっ
それがシカマル君の気持ちなんだっ


言われて当然のことを言われただけ・・・

ひどいことをしたのは私。
最低なのは私。


分かってるのに・・・なのに・・・なんでこんなに私の体はガクガクと震えてるの?


シカマル君、こっち向いて、顔を見せて?・・・・じゃなきゃ、私・・・・壊れそうだよ。




「俺に・・・同情とかすんなよ。お前とだけは、そういうめんどくせぇ関係になりたくねぇからよ・・・」




私、同情でシカマル君を追ってきたんじゃないっ
サスケ君のところから帰ってきたのは・・・シカマル君が本気で好きだからっ

好きだからだよっ













だけど、言葉にできなかった。














私にそんなこと言う資格・・・ない・・・












記憶のない私を 好き でいつづけて欲しいなんて、そんな事、言えるわけないっ











私はシカマル君をもうこれ以上好きになっちゃいけない。








私はシカマル君と別れるんだっ


















「シカマル君・・・もう歩けないっ・・・・手・・・引いて?・・・」





せめて、今だけはシカマル君にふれて欲しかった。
家につくまでの間だけ・・・それだけ・・・
お願い。
私に触って?





シカマル君は少し驚いた顔をして私を振り返る。

でも、そっと私の前に左手を差し出した。






「しょうがねぇやつ。ほらよっ」





目の前に出されたシカマル君の大きくてゴツゴツした男の人の手。

記憶の無い私はこの手にどれだけ安心してきただろう・・・・

大好きなあったかいシカマル君の手・・・・・





「ありがと」




そっとがっしりとした、その手に掴まる。





そしてゆっくりと包むように握り返された。





「相変わらず小っちぇ手だな。」



シカマル君が ふっ と笑う。



「ほんと、お前って世話かかるめんどくせぇ 妹・・・」


















シカマル君の手を握りながら、私は涙が抑えられなくて、声を出さずに泣いた。
シカマル君はその涙の理由を聞かなかった。
泣いた私に気づかないフリをしたまま、何も言葉にしないまま、シカマル君は私の手を握り締めて歩いていく。




本気なんだね。





『どうした?』『なんで泣くんだよ?』『!!』



いつも泣いた私より明らかに動揺した顔で聞いてくるシカマル君の優しさに私は甘えていたよね。








でも・・・・・







もう・・・本当に終わりなんだ。





つないだ手から伝わる声は、何もない。








(私はシカマル君の仲良しの幼馴染。いつまでも世話のかかる妹。)









シカマル君がそう決めたんだったら・・・もう・・・仕方ない。仕方ないよ。
好き でいて なんて、言えない。言えない。言えないよっ 





星空がこんなにも切なく見える夜はなかった。
夜風がこんなにもさすように冷たく感じる夜はなかった。
心も体も・・・つないだ手さえも・・・私のすべてを凍らせていく。


もう私達・・・だめなんだね。









シカマル君・・・私も大好き・・・だったよ。


何度も傷つけてごめんね。


今まで私を守ってくれてありがとう。


記憶・・・なくたって・・・私はあなたを本当に・・・・好きでした。










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