夜の闇が私達を包み込んで、冷たい風が私達の間を吹き抜けていく。



あれからずっと
何も言わないまま私の前を歩き続けているシカマル君。



その後ろで声もかけられない私。



体から染み渡る夜の冷たさが、指先も腕も髪の先まで凍えさせていく。


この先にどんな答えが待っているかなんて、想像するのもなんだか怖くて、
見上げた夜の星空はこんなにも綺麗なのに、私の心の中はこんなにも切なくて、寂しいって感じてしまう。



もう後戻りなんて出来っこないのに・・・・・
自分で決めた答えなのに・・・・



私はまだ迷っている。



目の前にある大きな背中。
シカマル君に触りたい・・・声が聞きたい・・・もう一度「」って呼んで?





だけど・・・・・




私の手はシカマル君を捕まえようとはしなかった。
目の前にあるシカマル君の体・・・・だけど、シカマル君の心はこの距離よりずっと遠くにあるような気がしたから。




だから私は凍えそうに冷えきった体を自分の両手で抱きしめながら、歩き続けた。













一定の距離を保って歩いていた二人の距離がゆっくりと縮まる。
私の心臓はドキドキしている。



「着いたぜ・・・・・・・」


つぶやくように小さな低い声。
シカマル君は私を振り向かないまま、そう言った。



「う・・・うん」



ゆっくりと隣にならぶ。




大きな門は開かれていた。
きちんと整備されたまっすぐな道の先に、木の葉にはめずらしい5階建ての大きな建物。


「・・・サスケ・・・いるみてぇだな・・・・」


「うん・・・・」


真っ暗な外と違い、その建物にはいくつか穏やかな灯りが見える。
このどこかの部屋にサスケ君がいる・・・・・



サスケ君。



そう私はサスケ君に会いに来た。
自分の気持ちも、過去の思い出も、全部きちんと確かめて、気持ちを整理するために。



なのに・・・私、迷ってる。
心臓がドキドキする。
今私、サスケ君のことなんて、これっぽっちも考えていない。



私の頭の中にいるのは隣に立っているシカマル君のことだけ。



何か言葉をかけたくて・・・でも、



見上げたシカマル君の横顔がすごく大人びて見えて、
とても冷たくて・・・・まるで別の人みたいで・・・・・



いつもなら「寒ぃ」とか言って、ポケットに突っ込まれたままのシカマル君の手は、
まるで色をなくしたかのように、冷たくひえて、それでも外に剥き出しにされたまま。



シカマル君はそこから少しも動かずに・・・
そして、ずっと黙ったまま、私を見ようともしないで、まっすぐにサスケ君の家を見つめているシカマル君の
目はすごく怖く感じて・・・



だから何も言えずに私はシカマル君の隣でただただドキドキと立ち尽くしてうつむいた。



(ねぇ・・・今、あなたは何を想ってるの?)



どれぐらい、二人黙ったまま、ここに立っていたんだろう・・・・・・
冷たい夜風がヒュルリと吹きぬけた後、シカマル君の低い声がした。




「お前・・・行くんだろ?」



冷たい声。



「う・・・・うん」


足がすくんだ。
シカマル君・・・・・怒ってる・・・・・・



(私はこのまま行ってしまっていいの?)


心の声が私の決心をまた鈍らせる。
だから私はまるでシカマル君の影真似にかけられたように体を硬直させて立ち尽くしていた。



心臓が壊れそう・・・・


(シカマル君・・・
  私、行きたくないっ
   こんな風にシカマル君と離れるの怖いよ・・・・・)



とっさに腕にしがみつきたくなった。



(シカマル君に嫌われたくないっ!!)






その時、




「どうすんだよ・・・・お前」



低い声が胸に突き刺さる。



「わ、私・・・・」



「行かねぇなら・・・このままお前を連れて帰る」



シカマル君がはじめて私を見た。



その瞬間、ドキリとした。



だって・・・なんでそんなに・・・・



シカマル君の目は
すごく辛そうで・・・すごく悲しそうで・・・
こんなシカマル君・・・・見たことないっ




そうだ・・・・
そうだよね・・・・
辛いのは私じゃない・・・・シカマル君の方。




あなたがどんな想いでここまで私を連れて来てくれたのか・・・今なら痛いほど分かる。




この場で迷っている私はなんてズルイんだろう。



あんな想いまでして、シカマル君を傷つけることを分かっていて、ここまで案内して
もらったくせに・・・今更迷ってる姿をあなたに見せるなんて・・・



期待をさせている自分がとても醜い。



ダメだよ。
シカマル君に甘えちゃダメだ!!
私はシカマル君と向き合うために、ちゃんと気持ちを確かめるためにここに来たんだから!!



決心したのは私自身なんだから!!





「行ってくる・・・・サスケ君に会ってくるね」




私・・・ちゃんと笑顔で言えた?・・・・



たとえ気持ちが固まっていなくても・・・
その答えが間違っていたとしても・・・


これ以上、シカマル君を待たせて、期待をさせて、傷つけるのは辛い。



「分かった・・・・・」



シカマル君は目をそらさずに私を見ていた。
その目は・・・ただただ優しかった。



ありがとう・・・シカマル君。



文句も怒りも私にぶつけずに・・・・シカマル君は私の答えに黙ってうなずいてくれる。
それがあなたの優しさ・・・・・


あなたが押してくれた背中を今私が無駄にしたら、私はきっと後悔する・・・・
またシカマル君に甘えてしまったら、私はきっと自分を許せなくなる・・・・



だから・・・・行かなきゃっ!!!
行こう!!!




シカマル君の脇を通りすぎる。



一歩一歩前に進んでいくたびに、胸の奥がギシギシと痛んだ。



足が重い。
まるで地面に飲み込まれて行くみたいに・・・・
からまるはずのない土がまとわりついてくるように・・・・



私の足を何度も止めようとした。



それでも必死で歩いていく。


(もう止めれない!! 止まることなんて出来ないっ)


私の足は一歩、また一歩とサスケ君の部屋のある建物に近づく。



目の前に真っ黒くそびえ立つその建物の影に吸い寄せられるように、
私はまるで何かにとりつかれているかのように、意識とは裏腹に歩いていく。



『シカマル君!!』


そう言って、振り返って、あなたの元に走って戻って、思いっきり抱きついて、


『やっぱりシカマル君と一緒に家に帰りたい!!』って言えたらどんなに楽だろう。



でも・・・だけど・・・そんな事・・・もう絶対にしない!!
もう絶対に自分から逃げたりしない!!


















・・・・


サスケの家がある建物の前で、お前は明らかに迷って、戸惑っていた。


今なら間に合うか?


今、お前を抱きしめて、

『行くなっ!!』

そう言ったら、お前はきっと俺にしがみついて、

『一緒に帰る』

そう言うよ・・・



俺には分かる。
分かるんだよ。



臆病で、本当は寂しがりやのお前が、本心では俺をこの場に一人残してサスケのところになんて行けない、
そう思って悩むはずだってことぐらい・・・俺には分かってたのかもしれない。



お前は・・・・・・優しいから・・・・・・・。



だから期待どうりに、明らかに迷っているお前の姿を見たら、どうしようもなく
お前を奪いたくなった。


サスケに渡すもんかっ
お前は誰にもワタサネェ・・・・・


お前の体を、影で縛るみてぇにキツク抱きしめて、そのまま抱きかかえて連れ帰っちまう
つもりだった。




(ほら・・・目の前にがいるぜ・・・・・ 
             その愛しい体を抱きしめちまえよっ!!!)


(さぁ!早く!早くしろっ!!)



心の声が俺の体を何度も何度も動かそうとした。




「行かねぇなら・・・このままお前を連れて帰る」




そう、俺はお前の体に手を伸ばそうとしていた。







・・・・はずだった・・・・・






でも、
俺の手はお前を掴まえる前に、動きを止めた。




もう一人の心の声が俺に呟く声がしたからだ・・・・・・・



お前は・・・・・
の優しさにつけこんで・・・・の弱さを利用して・・・・
の決心をわざと鈍らせて・・・・お前はを強引に奪うのか?・・・・



汚ねぇ男だ・・・・・・



そんな男がを幸せにできんのか?
記憶のもどらねぇの過去を埋められるのか?



そんなのにふさわしい男と言えんのかよっ!!!


この腰抜けっ!!!







(違う!!!・・・俺は・・・・・・・!!)







その瞬間・・・のまっすぐな瞳が俺をとらえた。



その強い瞳は、俺の目の前から消えかけていた景色を、一瞬にして真っ暗な夜の風景に戻した。



あぁ・・・ここはお前と立ち尽くしていたサスケの家の建物の前だ。



冷たい夜風が頬に当たっている。
ようやく俺はお前と向き合っている自分に気づいた。









「行ってくる・・・・サスケ君に会ってくるね」








のいつもの透き通るような声・・・・・






真っ暗な闇の中で、お前の笑顔だけは頭上に輝く星と同じように綺麗に輝いて見えた・・・・・・




(あぁ・・・そうか。お前は行くって決めたんだな・・・・・)




俺の中の心の闇がふわっと煙のように消えていくのを感じた。




・・・今お前がそう言ってくれて良かった・・・・・



(お前を奪ってやるっ!!!)



そんな事しねぇで良かった。


なぁ・・・・・・・


これでよかったんだろ?


強引に奪っても、きっと俺達うまくいかねぇよ・・・・
昔のようになんてもどれっこねぇよ・・・


だから・・・・







「分かった・・・・・」








そう言ってお前を見送るのが、俺の最後のお前への愛情だ・・・・・



俺の脇を通り過ぎていく、お前の愛しい横顔。
柔らかいいつもの匂い。



俺の目の前で時間が一瞬止まった・・・・・・



(綺麗だな・・・・・)



まっすぐ前を見つめて、少し緊張しながらも、とまどいながらも、
お前は自分の決めた道を行く。



風をうけて後ろになびくの髪の先まで本当に綺麗だと思った。



・・・・・)



本当は声に出して呼びたかった。
でも俺は声を出せなかった。


もう・・・お前を止めることなんて俺にはできねぇ。




華奢な背中・・・癖のある歩き方。
その全てが愛しい。


・・・・・)



だから心の中で俺はもう一度だけ呼んだ。




胸が苦しい。



一度でいいから、お前のこと裏切って、お前を傷つけても、お前を好きだって
言えたら良かった。




だけど、違うだろ?・・・・言わなくて良かったんだ。
そしたらお前をまた混乱させちまう。
お前を泣かせたくなんかないっ



だってよ・・・・・俺はいつだってお前の笑顔が見たいから・・・

めんどくせぇけど・・・・お前の事が本気で好きだから・・・・






誰よりも・・・・・・・・お前が好きだったから。












闇にまみれ遠くなるの背中。
ゆっくり・・・でも着実に一歩一歩・・・・サスケのもとへ近づいていく。




手を伸ばしたって、もう届かない・・・・








振り返んなよ。
俺はもうお前のことを抱きしめてなんてやんねぇぞ。


ここから先はお前一人でしっかりやれよな・・・・・



サスケに会って・・・ちゃんと気持ちをぶつけてこいよ・・・




俺の大切な・・・・



お前が好きだ・・・・だから・・・・




さよなら。


























途中から私は何も考えられなくなった。
ただ目の前のサスケ君の住む建物の入り口まで、無意識に足を動かして歩いた。


(止まっちゃダメ。止まるなっ)


その声だけが自分の心を突き動かしていた。



何十分もたった気がする。



気がつくと、私は建物の入り口に立っていた。
ぼんやりとした意識の中、私はそっと中を見渡す。
こわれかけた電灯がぼんやりとポストを照らしている。



503・・・・うちは・・・・・・



鉛筆で殴り書きされたような、乱暴な文字。



「ここがサスケ君の部屋・・・・・・・」


そっと指先でその名札に触れる。
ひんやりと鉄の冷たさが指先をジンとさせた。


暗がりの階段は上までチカチカと途切れそうな明かりだけが、寂しく続いている。







(この上にサスケ君がいる・・・・・・・・・・)






ギュッと握った手のひら・・・・すごく心細くて・・・
『シカマル君っ!!』
振り向きたい気持ちをなんとか押しとどめて、私は錆付いた手すりを握って、階段を上っていく。



(シカマル君・・・私・・・行ってくる・・・)



心の中でそう呟いた。



ジーーーーーーーーージジジジ



時々、電灯がついたり消えたりする薄暗い階段。



まるで、サスケ君の心の闇のように深い。
とっさにそう感じた。






早く・・・サスケ君に会わなきゃ・・・・そして確かめるんだ。
今までの色んな気持ち・・・

そして私はきっちりと答えを出すんだ・・・シカマル君とサスケ君という二人の存在に・・・・・・

































暗がりに小さくなるの背中。

お前は一度も俺を振り返らずにサスケのもとへと行っちまった。



「はぁ・・・・・」



無意識についたため息。


不思議なほど冷静で、不思議なほど無感情な俺がいた。







サスケの家の建物内に消えたお前を見届けたら、俺の足は勝手に歩きだす。




もう・・・ここに俺は必要ねぇな・・・・・・・




足元にひきつめられた石畳のヒンヤリとした冷たさが俺の足の指をジーンと
させる。
夜風は思いのほか冷たく感じた。



--------俺は一体どこに行こうとしてるんだ?---------------



それは俺の家とは逆の方向だった。


でも、もうどこだっていい。
考えることさえ、めんどくせぇ。


俺には・・・・もう・・・・・何も見えねぇよ・・・・
このままどこへでだって行ってやる。










「シカマル」





(え?)




呼ばれるはずのない自分の名前を呼ばれたことに驚いて、俺は足をとめ、とっさに振り返った。










「ナルト・・・・・」









暗がりでも目立つオレンジの服。
夜風になびく金色の髪。

いつもの水色の瞳は暗がりで深い青に染まっていた。





「ナルト・・・お前・・・なんでここに・・・・・」

「修行の帰り・・・サスケに伝言があってよ・・・そんで寄った・・・・・」



いつものガチャガチャしたうるささが無い。
静かで・・・まるで怒っているような口調だ。



「そいつは一足遅かったな・・・サスケには先客がいる・・・用事なら、明日にしとけよ・・・・」



ナルトはうすうす感ずいてんだろ?
俺がをここにつれて来たことを・・・・
でも・・・・説明すんのなんてめんどくせぇ・・・・


俺は「じゃあな」と一言言うと、
踵を返して、後ろのナルトに手をふってまた歩きだそうとした。










「お前・・・逃げんのか?」









ナルトの低い声。
俺はぴたりと足を止めた。




「信じて待つって決めたんじゃねぇのかよ・・・・・」


ナルトの言葉が俺の背中を突き刺す。
心臓がズキズキする。



「めんどくせぇ・・・お前に関係ねぇだろうが・・・・」


分かってる。
お前がダチとして、本気で俺達のことを心配してくれてる事も・・・
でも、もう何も言うなっ ナルト
俺はまだ本当は何の気持ちの整理も出きちゃいねぇんだよっ



「逃げんなよ  シカマル」



冷静なナルトの声



「だからっ!! 知ったようなこと言うな・・・・お前に何が分かんだよっ・・・・・」



手が震える。
俺は振り向かなかった。

柄じゃねぇのによぉ・・・・・

振り返ったら、俺はナルトを殴っちまいそうだ・・・・




の答えを聞く勇気もねぇんだろっ・・・・シカマル!お前やっぱイケてねぇよ」



ナルトは語尾を強めて、俺のいらだつ気持ちをわざと逆撫でするように言った。



(あぁ・・・そうだよ・・・俺はの口からさよならを聞くのが怖いんだよっ!!)


握った拳が震える。
ナルトの言葉に本気で腹がたった!


「こんな状況で・・・お前はそれでも待つってのか?・・・・信じて待てんのかよっ!!」


心の中に張り詰めていた糸がプッツリと切れた気がした。
俺はとっさにナルトを振り返った。
俺の心を見透かして、平然と語るナルトが悔しかった。


でも-----------------------



そこには、俺よりずっと大人びた顔をして、俺を見据えるナルトがたっていた。


「俺は誰にも信じてもらえずに生きてきたからな。その変わり、信じることだけは得意なんだってばよ。
 俺はぜってぇ逃げたりしねぇ・・・・それがどんな答えでも・・・・俺だったら信じた女の全てを受け止めてやるぜっ」






金髪が綺麗だった。
こんな暗がりの世界に・・・お前はいつだって何も恐れずに立っている。
お前の強い青い瞳はこの闇さえも跳ね除けて、まるで体全体で受け止める大きな存在としてそこにあるかのように・・・・
闇に飲み込まれそうな俺はなんてちっぽけだ・・・・



「ナルト・・・俺はお前のようにはなれねぇ・・・お前と俺とは違う。強さも力も・・・笑いたきゃ笑えよ・・・」


「シカマル・・・・」


ナルト・・・お前は強い。そして心までまっすぐで強いんだな。
だからお前は誰からも愛される。
だからお前は危ない連中にも狙われる。

その強さはまぶしすぎて・・・あまりに強くて・・・みんなお前を直視できねぇんだよ。
俺はそんなお前が俺達の仲間だって事を誇りに思ってる。






を信じてやれよ!!シカマル!!」






けど・・・時々憎いんだ。
お前の一点の曇りもない澄み切ったまっすぐな瞳が、弱虫で情けねぇ俺をはっきりと浮き彫りにさせちまうから・・・・・



「サスケのとこに行った女をか?」


「まだ・・・分かんねぇだろ?あいつ帰ってくるかもしんねぇし・・・」


「約束だとか、信じて待つだとか・・・そんな不確定なもん俺はもう信じねぇ。めんどくせぇよ。」


「シカマル・・・それがお前の答えだってのか?」


ナルトは怒っているようだった・・・・でも・・・・俺は・・・・



「あぁそうだ。悪ぃが、もう行くぜ。ここにいる意味なんてねぇからよっ」



ナルトはそれ以上何も言わなかった。


「じゃあな」


俺はナルトに背を向けた。


(分かってる。最後まであいつを信じてやれない俺が一番最低だってことぐらい・・・・でも、もう限界だ。
 もう二度と、俺から去っていくあいつの後姿を見届けるなんて・・・俺には出来ねぇよ・・・)


だから・・・もう何も言うな。ナルト・・・・・・




















カチ・・・カチ・・・・



薄暗い電灯に小さな虫が当たって、寂しい音がしている。


5階まで階段であがってきたせいで、少しだけ息がきれた。


私の目の前に、ふるぼけた扉。
その右上・・・・


うちは


ポストと同じように、まるで世界から忘れ去られた場所のように
寂しい文字がぼんやりと滲んでいた。



「サスケ君・・・・」



心臓がドクドクと音をたてている。



埃がかった古い呼び鈴。
私は人差し指の腹でそっと押した。



ピンポン・・・・・・・・










しばらくの間。









私はちゃんとサスケ君と話しが出来るんだろうか・・・
今更少し不安になる。

そして、ここに一人で来ている自分への違和感がよりいっそう私を不安にさせた。






それから少し時間がたって、玄関のノブがガチャリと静かに音をたてて動いた。





ギッ





少しだけ開いた扉。





「誰だ・・・・」



低い声。




「わ、私・・・・・・・」



声が震える。



?」



扉はゆっくりと開けられた。



そこには、いつもの服、そして驚いた瞳で私を見つめるサスケ君が立っていた。



「なんだ・・・お前・・・何しに来た?」



少し前まで、私はサスケ君に恋をしていた。
美しい顔。まじめで一生懸命修行する姿。どことなく寂しい瞳。

そして、人をあんに寄せ付けまいとする孤独な姿。

私を助けてくれた・・・・人。







「サスケ君に話しがあって・・・それで・・・来たの・・・・」

「俺に?・・・」

「そ、そう・・・・・」





もしかしたら、ここで追い返されちゃうかもしれない・・・
だって私、こんな時間に何も言わないで勝手に来てしまったから・・・


でも


「仕方ない・・・・入れ・・・・・」


サスケ君は はぁ とため息をつきながら、私を部屋の中に入れてくれた。


「お前、何か大事な用事があって、ここに来たんだろ?」

「う・・・うん」


サスケ君はなんとなく私の切羽詰った雰囲気を察してくれていた。
だから、こんな突然の失礼な訪問者の私を部屋に入れてくれたんだ・・・・


(やっぱり、この人は悪い人じゃない・・・・)


なんとなくホッとした。






通された部屋は驚くほど片付いていた。
広々としたリビングを照らす白の強い蛍光灯の明かり。

その明かりが家具や壁や物のすべての呼吸を止めてしまっているかのように、
より一層サスケ君の部屋をモノクロに見せる。


シカマル君の部屋もいつも片付いている・・・だけどシカマル君の部屋は殺風景と言う感じ。
でも、サスケ君の部屋はきちんと整理されていて、落ちついていてる。


でも・・・その綺麗さが逆に、なぜだか寂しい雰囲気がした。




綺麗な白い机の上ににつかわないカップラーメンの残り・・・・





「サスケ君・・・やっぱり毎日こんなものしか食べてないんでしょ?」




胸が痛んだ。
どうしてこの人は自分を大事にしないんだろう・・・

ナルト君だって、他の仲間だって、サスケ君をみんな心配しているのにっ!!


「俺が料理なんてするかよ・・・それに、腹にたまれば何だっていいっ・・・」


サスケ君は吐き捨てるようにそう言った。


「ダメ!そんなのダメだよ!!」


私は持ってきた袋の中からタッパーを出した。


「これ・・食べて。作ったの。カップラーメンよりは体にいいから・・・・」


サスケ君は机に並べた私の料理を無言で眺めていた。


「お前、記憶が戻ったのか?」

それは以外な言葉だった。


「ううん。戻ってないよ・・・どうして?」

「お前、前にもこんな風に強引に弁当持ってきた事がある」

「え?」


信じられなかった。
修行中のサスケ君に会った時も、サスケ君は私に冷たくて、とても私がお弁当を作って
渡していた仲だったなんて思えない。

「それ・・・本当?  私・・・サスケ君と仲良しだったの?」

また私の考えもつかない過去の出来事に私はとまどった。

「仲良し?」

サスケ君は ふっ と笑った。

「そんな関係じゃない。ただ任務が一緒になった時にお前が強引に持ってくるだけだ」




強引に?私がサスケ君にお弁当を?



「お前は俺と自分との立場を重ねて見てたんだろ・・・本当におめでたい奴だ。」

「私と・・・サスケ君の立場??」

「家族がいない一人者同士ってことだ・・・・でも・・・・お前と俺とは違うけどな」



くっと薄く笑ったサスケ君・・・だけど、そのサスケ君の瞳・・・なんだかすごく怖かった。



「どう・・・違うの? 私とサスケ君はどこが違うの?」



二人、机の前に立ったままで、私はドキドキする胸を抑えながら、何かとても嫌な予感がして、
そのまま立ち尽くした。
私の知らない過去・・・・・そして私とサスケ君の関係。



「お前は家族に置き去りにされて一人・・・俺は家族が殺されてそして永遠に一人・・・理由が違う」


「殺・・された!!・・・」


前にチョウジ君達が言っていた。
サスケ君はうちは一族の生き残りだと・・・・・・
それはこういう事だったんだ。



「俺は俺の家族達を殺したやつをこの手で殺してやる為だけに生きている。自分の体がどうなろうと、
  そんな事はどうでもいい」




サスケ君の心の闇に触れてしまった気がした。
それがすべての答えだったのだと今気づいた。
サスケ君の冷たい黒い瞳は、私を見透かして、遠くの先の憎むべき相手を見据えているようで、体が震えた。



「やめて・・・やめてよ・・・そんな考えおかしい。なんで殺す為だけに生きてるなんて言うの?
 だったらなぜ?なぜあの時私を助けてくれたの?
 川でおぼれた私を助けてくれたサスケ君の腕はとっても温かかったよ!!
 だから私、サスケ君を好きだって思ったんだよっ!!」



もうやめて欲しい。
こんな苦しい生き方は!!!

私は必死だった。
サスケ君に本当に笑ってほしい。
一人じゃないって気づいて欲しい。




「川でおぼれたお前を?俺が助けた?・・・だからお前が俺を好きになっただと?」


サスケ君は 眉間にシワを寄せた。


「何言ってる。お前が好きなのは・・・・」


「分かってる!!」


分かってるよ・・・私が好きなのはシカマル君なんだっ

だけど、ずっと、それでもずっと、サスケ君のあの時の姿が気になって・・・・
今のサスケ君の姿とどうしても重ならなくて・・一人ぼっちのあなたの背中を見るのが辛くて・・・・

あなたを見てると胸が痛くなるのっ




「私、どうしても確かめたくて。 私のサスケ君を想う気持ち・・・。どうしてもサスケ君が気になるのっ!!」


「俺を想う気持ち・・・・?」


「お願いだから・・・復讐するためだけに生きてるなんて言わないでっ 自分を傷つけないでっ!!
 あの時の・・・昔の優しかったサスケ君を思い出して欲しいっ!!」 


私はとっさにサスケ君の腕をつかんだ。
息があがって苦しかった。



「俺に話したい事っていうのは・・・その過去の話しなのか?・・・」


私は黙ってうなずいた。


「分かった・・・・聞いてやるから・・・話してみろ」


サスケ君はそんな私をなだめるように冷静な声で言った。


「うん・・・・」


サスケ君の言葉に、あがっていた息も少しづつ落ち着いてきて、私も冷静になってきた。
そして、私はゆっくりと話しだす。

あの時の記憶・・・・


「あのね、私、記憶をなくしてから、はじめて思い出したのが、サスケ君が川で私を助けてくれた
 記憶だったの・・・・」

「俺がお前を助けた記憶・・・」

「うん・・・・あの時・・・私もサスケ君もまだ小さくて・・・自分が溺れそうに
 なっているのに、それでも私の体をずっと抱きしめて岸まで泳いでくれたよね?」


ねぇ・・・あの時のあなたはどこにいっちゃったの?


思い出して欲しかった。
小さい頃の優しかったサスケ君をっ
そしてもうこんな寂しい生き方はやめて欲しいっ




「小さい頃のお前を?・・・・・」

「うん・・・・」





サスケ君は私をじっと見つめた。






そして---------------------------------------------------









「ちょっと待て・・・それは俺じゃない」







「え?」






それは、予想もしていない言葉だった。





「だって・・・あの時サスケ君・・・・」




記憶を無くして初めてサスケ君に会った時、サスケ君は確かに川でおぼれた私を助けてくれた
時の話しをしてくれたはず・・・・



「どうして?どういうことなの?」


動揺してしまって、どうしていいのか分からなくなった。
思わずサスケ君の顔を見上げた。
サスケ君は記憶をたぐるようにゆっくりと話し出した。







「俺が助けたのは・・・お前の班と俺達7班が合同任務についた時、俺とお前が組んで・・・・・」




あの時、牢獄から脱獄者が出たという話しで、木の葉の各地に2人ペアでそれぞれの場所に待機していた。

俺とお前はちょうど木の葉から別の里へと抜ける川のほとりでの待ち伏せ。

その時、泳げないお前がうっかり足を滑らせて川でおぼれた。





「え?」




私の頭の中が混乱していく。
合同任務?
脱獄者の待ち伏せ?



「しかも、お前は足のつく場所で勝手に溺れただけで、助けたというより川から俺が引きずり出したんだ。」


「嘘・・・そんなの嘘だ。そんな記憶覚えてないよっ!!だったらあの時の記憶は?どうして?
 全部私の妄想なの?誰の記憶なの?あれは全部でたらめなの?」



嘘だっ
あの記憶が全部つくりものなんてっ



!!』 
私を呼ぶ確かな声。
必死で抱きしめてくれた力強い腕。




あの記憶が全部嘘だなんてっ!!・・・そんな訳ないっ!!




「そういえば、あの時お前は『幼い頃のトラウマで泳げなくなった』とか言ってたな・・・・」


「幼い頃の・・・トラウマ・・・・」


それは・・・間違いなくあの記憶の事だと思った。
あの時、私は何度も水を飲み、水中に沈み、必死でもがいて顔をあげ、それでも息が苦しくなり、何度も意識が薄れた。
あれは、私にとって、命に関わるほどの事件だった。


「そのお前の記憶が本当なら・・・そんなことしてまでお前を助けるやつなんて一人しかいない」




一人しか・・・・いない?



「お前、記憶も無いのにここにどうやって来たんだ。」


サスケ君は私の顔を急に真剣な顔で見た。
握られた腕が痛い。


ここに・・・来たのは・・・・


「シ、シカマル君に・・・連れて来てもらったの・・・私、どうしてもサスケ君を放っておけなかった。」


「その過去の記憶の男を俺だと勘違いしていたからか?」



(私がサスケ君に会いに来たのは・・・過去の記憶があったから。 
  そう。もちろんそれも理由の一つ。)




   ( でも・・・本当にそれだけ??・・・・・・・)




私の頭の中に、一人で黙々と修行をする姿。みんなに背を向けて帰る長く伸びた影。
サスケ君の姿がいくつもいくつも頭に浮かんだ。




違う・・・私がサスケ君の事が気になったのは・・・・・




(一人で頑張るサスケ君は、本当は苦しんでもがいているように見えた・・・・
  だれかに助けを求めているように感じた・・・・だから----------------------)



「わ、私・・・サスケ君を・・・・・」



でもそれは 好き って感情なの?
違う・・・私は・・・サスケ君を・・・・


「シカマルにつれてきてもらった・・か・・・・・あいつも馬鹿なやつだ。」


サスケ君はさっきと同じようにとても冷たく くっ と笑った。


「お前・・・さっき俺を好きだと言ったな? だったら、今夜俺はお前を受け入れてやるよ」


「え?」


まだ混乱する私の意識を無視して、サスケ君はいきなり私の腕をひっぱって、強引に抱きしめた。
急に抱きしめられて身動きがとれない。


「俺にこうされる事を望んで来たんだろ?」


サスケ君が私の耳元に唇を近づけて、わざと声をひそめて囁いた。


「サ、サスケ君っ!!」



その時、かすかにしたサスケ君のにおい。力強い腕、私と密着する体の感触・・・・・



(嘘?・・・違う・・・この人じゃないっ!! この腕じゃないっ!!)


馴染めない体の感触。におい。別の、知らない男の人の体だと思った。
私の体は瞬間にサスケ君の体を拒絶した。


でも、サスケ君の強い力から逃げられないっ


「や、やだ・・・離してっ サスケ君」


サスケ君は私の言葉を無視して、さらにギュッと私の体をきつく抱きしめて、首もとに顔をうずめられた。




「俺のことが好き・・・なんだろ?」




怖くて、体が震えた。





------------私、サスケ君を好きなんじゃないっ------------------






「やっ・・・やめてっ サスケ君っ お願いっ」



やだっ こんなのやだっ 私は私は・・・・っ
怖くて、逃げ出したくて、頭が混乱してっ!



「離して!! 私が好きなのは、サスケ君じゃないっ!!」



とっさに叫んでしまった。



その時、サスケ君の冷静な声がした。



「当たり前だろっ! お前は本当に馬鹿だ」


「え?」


「ここまでしてやらなきゃ、自分の気持ちも分からないような馬鹿女の面倒なんて、見きれるか!!
 俺はそんなに暇じゃないっ!!」



きつく抱きしめられていた腕がそっと緩められる。
そして、私の頭上で、サスケ君がゆっくりと話しだした。






・・・過去にこだわるな。過去にこだわるのは憎しみにかられた者だけだ。お前には必要ないっ
 今をよく見ろ。一番お前の近くにいるのは誰なのか・・・お前にとって誰が一番大事なのか・・・分かるだろ?」







その時、私の頭の中にポケットに両手をつっこんで、眉間にシワを寄せた彼の姿が浮かんだ。
』  私を呼ぶ、少し鼻にかかった声。









「シカマル・・君・・・・・・」


名前を呼んだら、ボロリ と涙がこぼれた。






私をいつも安心させてくれたのは、シカマル君の手だ、声だ。そしてシカマル君の腕の中だ。
記憶をなくした私のそばに、それでも普通に、いつだっていてくれたのは彼だった。






「シカマル君・・・シカマル君・・・・」


感情が高ぶって、サスケ君の腕の中で、私は何度も何度もシカマル君の名前を呼んだ。



ようやく私の心の中に一つの固い気持ちが生まれたのを感じた。




(私・・・シカマル君が好き。誰よりも、好き。
  過去なんて・・・もうどうだっていいって思うくらい、私はシカマル君が・・・好きなの。)




「シカマル君に会いたいっ 会いたい・・・・・」



サスケ君の腕の中なのに、もう言葉にしなくちゃどうにもならなくて、私は何度も呼んだ。

シカマル君に会いたかった。
側にいてほしかった。
そして、私を抱きしめて欲しかった。


「本当に馬鹿だなお前らは・・・・」

「え?」

「俺だったら、欲しいものは力づくでも奪う。だが・・・それほどお前が大事ってことか・・・・」


サスケ君はその時も くっ と笑った。


でも、さっきの冷たい笑い方とは違う・・・・
うまく言えないけど・・・あったかかった。


サスケ君はゆっくりと私の体を開放する。
その時見上げたサスケ君の顔は穏やかだった。



「弁当だけはありがたくもらっておく。だから、お前はもう帰れ。」


ぐずっ

鼻をすすって、私はボーッとサスケ君を見つめていた。


「あいつにちゃんと話しをして、ちゃんと仲直りしてこい。俺のせいでお前らが別れたなんて、
 いい迷惑だからなっ」

サスケ君はわざと迷惑そうな顔をした。


「あ、ありがとう・・・サスケ君・・・私・・・・」


「前にも言ったろ?お前はドジで、必ず周りに迷惑をかけるヤツだってな・・・・・」


玄関まで戻る廊下を歩きながら、私は普段はあまり人に見せないサスケ君の優しさにふれられた事が嬉しかった。




『一人でも大丈夫なやつなんていないっ』
以前、ナルト君はサスケ君の事をそう言った。


そうなんだ。
サスケ君だって、本当はそう思ってる。

だから、こんなに私なんかにも優しくしてくれるんだ・・・・

やり方は不器用だけど・・・・





そして、ここに来たおかげで、私は
私のサスケ君に対する本当の気持ちをようやく理解した。


「サスケ君・・・迷惑かけて、ごめんね」

「ふんっ」


サスケ君のいつものそっけない態度。

それでも-------------------------------------------------------

サスケ君の玄関先で靴をはいて、私はサスケ君を振り返る。





「私ね、サスケ君も大好き! だからまた、サスケ君の栄養が偏らないように、
 無理やりにでもお弁当持ってくるからね!!!
 だって、サスケ君は同じ木の葉の大事な仲間だもんっ/////// 」





扉が閉まる瞬間、サスケ君は フッ と笑ってくれた気がした。



そうだよ。
私達は木の葉の同じ仲間だ。友達だ。
だから、これからも、ずっと私はあなたを見ているよ。
あなたは一人なんかじゃないんだから、あなたにいつかそのみんなの気持ちが本当に伝わるように
信じてる。




記憶があった頃の私も、きっとそんな風にあなたを見て、感じて、そして、仲間として、あなたを
大好きだったに違いない----------------------------------



ようやく分かったよ。私のサスケ君に対する本当の気持ち。
それから・・・今の自分の本当の気持ち・・・・//////////










私は転がるように階段を降りた。
一段とばし、リズムが崩れて転びそうになって・・・それでもとまらずに階段をおりた。
1秒でも早く駆け下りたかった。



(シカマル君に会いたい! シカマル君に会いたい!)



建物の入り口までようやく降りた時、暗がりの向こうにぼんやりと人影が見えた。



(シカマル君!)



「待っててくれたんだ」



嬉しくて、早く顔が見たくて、私はまた駆け出した。


早く早く、今までの事全部、私の気持ちも全部、聞いて欲しい!





石畳に何度も足をとられそうになりながら、私は夜風をきって、はぁはぁと息をきらしながら、
シカマル君のもとへと走った。

白い息が夜空へあがっていく。



もうすぐシカマル君に会える!
もうすぐシカマル君に触れられる!



息が苦しいことも全然苦にならなかった。
私はとまらずに走っていく。
それよりも何よりも今すぐにシカマル君に会いたいから!!



暗がりの夜空に今にも途切れてしまいそうな電灯の灯り。



ぼんやりとした視界が、私が近づくにつれはっきりとしてくる。




もうすぐシカマル君の顔が見れる!!




私より背の高い、少し大人びた体・・・・・





目の前で私を待っていてくれたのは---------------------------------------------





「よぉ・・・お帰り」





私の足は彼の目の前で止まった。





「ナルト・・・君?」












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