すっかり薄暗くなった帰り道、俺は指先のジンジン
する寒さに耐えきれず、ポケットに両手を突っ込んで、
猫背気味に歩いていた。

星がいつもより輝いてる・・・・
空気が澄んでるってことか・・・・・・・
まっ んなこと興味ねーけどよ

「うーーー 寒みぃー・・・」

俺は歩く速度を少し速めた。

家に向かう坂の途中、左手にみえる小さな公園。
ガキん頃、といつも走りまわってた公園だ。
はーぁ か・・・
さっきのいのの話しは本当なのか?だよな・・・・
相変わらず頭の中はのことだ・・・

「ん?」

この寒空の夜の公園に、誰かがブランコを揺らして
いる。
物好きもいるもんだな。
俺は、ハァーと白い息を吐いて、横を通り過ぎようとした。



「あ!シカマルー!」
少し舌ったらずな声・・・・・だ!

今日のいのの話しを聞いてから、ずっと俺の頭の中
を悩ましている、その張本人がこっちに向かってくる。

「シカマル おかえり!」
はいつもの通り、俺の右腕に体ごと抱きついてきた。

「お前何やってんの?こんなとこで!」
俺は正直驚いた。
にあったら色々聞きだそうと、考えていたはず
なのに、突然の出会いに、言葉は全部頭からふっとんだ。

「何やってんの?じゃないわよ!」

俺の腕をぐっと掴んで、は俺の顔を下から覗き込む。

「シカマルのドジ・・・」
の冷たい指先が俺の顔をなでる。

「あ?」
急な刺激に俺はゾクッと身震いした。

は「痛い?」と聞いた。
心配そうな顔・・・・なんだよ急にしおらしくなっちまってよ。
俺は動揺する。

「傷が残らないといいんだけど・・・」

あーーー キャシーにひっかかれた傷のことか・・・

は心配そうに、俺の顔の傷をなぞる。

俺は恥ずかしくなって、そんなの手を振り払うように
「別に・・・」
と言って、顔をそむけた。

「けどよ。なんでお前がそんなこと知ってんだよ」
チラッと振り向いて言うと、

「さっき、いのから電話があったもん。」
は少しムクレながら答えた。

あーーー おせっかいいの・・・・
俺は頭を掻いた・・・・
「たいしたことねーから・・・・こんなの・・・だいたい
 お前に関係ねーしよ。」
俺が呟くと、

「あっそっ! 心配して寒い中ずーっと待っててあげた
 のに! あーーー 心配して損した!」

は俺にしがみついていた腕をブンッとふりほどいて、
スタスタと前を歩き出した。

俺の右腕は急に夜風でひんやりした。

は俺を振り返ろうともせず、先を行く。
俺との距離はだんだんと離れていった。
それはなんだか心の距離のようで、俺は焦った。

「おいっ 、待てよ!」
俺は慌てて前を行くを追いかけ、の細い左手首を
掴んだ。

つ、冷てーー・・・・
お前、いつからこんな寒い公園で俺を待ってたんだよ?

「痛いったら!・・・なによ!」
振り向いた は横目で俺を睨んだ。

「バッカじゃねーの」

「は?なによ!もう!シカマルのばか!」

左手を握りしめた俺の手をふりほどこうと、手を
ブンブンふるをグッと引き寄せた。

乱暴に体を抱き寄せると、の体は氷のように冷たい。

「なにこんなに冷えてんだよ。めんどくせーやつ」

はジタバタと抵抗していたが、じきにおとなしくなった。
俺はおとなしく腕の中におさまったをギューッと強く
抱きしめた・・・・

俺のせいで冷え切ったお前の体を暖めてやるため?
いや・・・・ちがう・・・・そんなが、すっげー いとおしく
感じたからだ・・・・・

しばらくそうしてた後・・・

「あんまり優しくしないでよ・・・」
は呟いた。

「なんだよ。それ・・・・」

「誤解しちゃうじゃない・・・・」

はそれだけいうと、俺の胸を両手でおしのけて、
体を離し、満面の笑顔で

「帰ろう・・・顔に薬、塗ってあげる・・・・」
と言った。

あーー バレバレなんだよ。お前のその笑顔・・・・
完璧つくり笑い・・・・
やっぱ俺、に嫌われちまったのかな・・・・

「あぁ・・・・・・」

俺はそれしか言えなかった。






家につくと、俺の親父が玄関先で待っていた。

「よぉ!おかえり!ばか息子!今日は盛大にドジ踏んだ
 らしいな!おい!」
ククククッと笑いながら出迎えた。

「うるせーな。なんでそんなに嬉しそうなんだよ!!」
俺はぶっきらぼうに答えた。

「嬉しいのはお前だろー?」
親父はカカカッと笑うと、俺の頭をグリグリっと掴んだ。

ガキ扱いすんじゃねーよ!!

俺は親父のデッカイ手のひらを頭からバシッとはらい
落として、上目使いでにらんで言った

「なんで俺が嬉しがんだよ!」


「だってなー」
満面の笑みで、親父は腕組みをしながら、俺の後ろに突っ立
っているの顔を覗き込んで、

「こんなかわいい看護婦さんがお前の帰りを待っててくれ
 たんだろー?」

ねー ちゃん?なんて言いながら、鼻の下をデレー
っと伸ばして、親父がにむかって顔を傾けている。

そんな親父に
「違うよー。もう!おじさまったら・・・」
は顔を真っ赤にしながら俯いた。

そんなの態度に親父は満足気にうんうんと何度も
うなずいている。なんだその顔は・・・・

「頬が緩んでんぞ親父・・・に看病されたいのは親父
 の方だろっ この変態」

俺は吐き捨てるように言うと、靴を乱暴に脱ぎ捨てて、
部屋にあがった。

背中越しに、「なにぬかしやがる!このバカ」と
親父の怒鳴る声が聞こえるが、無視無視・・・・

台所では 待ち構えたように今度はお袋が
「あんたって子は・・・猫にひっかかれたって?本当にバカ
 な子だねー まったく。 かーちゃん情けないよ!」

はーーーと大げさに肩を落として見せる。

俺の眉間にはおもいっきり深いシワができてたに
ちがいねぇ・・・・

おいっ 俺の家族はかわいい一人息子を心配するっていう
感情ってやつが欠落してんじゃねーか・・・

俺は盛大に溜息をついてから

「悪かったな・・バカ息子でよ・・・けどな、そのバカを生んだ
 のは、おたくら夫婦なんすけど・・・」
と言った。

「ははーーん かあちゃんの血だな。こりゃ。」

とリビングに入ってきた親父が腕組みしながら、
ヤレヤレといった口調で言うと、

「なんですってーーー!このバカさ加減は間違いなく
 あんたの血よ!」

「なっにぃーーーー!!」

またはじまったよ・・・・このアホ夫婦にしてこの子あり
ってか?俺も自分のバカを認めちまうあたり、やっぱ
この2人の子ってことか・・・・

はぁ・・・・俺はへこんだ・・・・

「おじさま、おばさま、シカマルに薬・・・」
が申し訳なさそうに呟くと、

「はい!ちゃん!これで適当に手当てしてやって!
 私はこの人と大事な話しがあるから・・・」

なかば ほおり投げる格好で薬をに渡すと、お袋は
親父との距離をじりじりとつめていく。

「お!やんのかよ!うけてたとーじゃねーか!」
そう言いつつも腰が後ろに逃げてんぜ親父・・・・

あーもー勝手にしてくれッ!

、部屋あがんぞ!」

俺は階段を上って、自分の部屋をめざした。

「あ・・・・うん・・・」
は薬を大事そうに抱えて、俺の後をついて階段を
のぼってきた。

親父とお袋のくっだらねーケンカはいつものことだ。
俺もも慣れたものなので、別に止めたりしねー。

結局、親父が土下座して終わんだよ・・・いつもな・・・




ガラッ 

部屋をあけると、ツンと寒い空気が俺達を出迎えた。

「寒みーな・・・」
「うん」

カチカチと部屋の明かりをつけて、俺達は適当に
俺のベットの下の床に座りこむ。

「この薬で本当に大丈夫なのかな?」
は薬の容器の説明書きを目を皿のようにして、
読んでいる。

俺は頭の上に手を組みながら言った。
「あー 問題ねーだろ。そりゃ、うちでは秘薬だ。
 シカの角のエキスが入った万能薬だよ」

「そっか!さすが奈良家!!」

は俺の体に抱きついて、笑った。

ここまではいつものだ・・・・

けど、はハッとした表情を見せ、すぐに勢いよく体を
離し、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

さっき俺が無理に抱きしめちまったからか?・・・・
それとも別の男に遠慮でもしてんのかよ・・・・

俺は急にが別の存在になっちまった気がして、
やりきれない思いがした。


2人きりでいることに、お互いどことなく緊張していた。

あーーあ、こうゆうのマジめんどくせー・・・・
お前といて、こんなに居心地の悪い気分を味わうこと
なんて今まで無かったのによ・・・・
俺は黙って下を向いていた。

沈黙を破ったのは、

「シカマル・・・・こっち向いて・・・」

「ん」
俺は顔だけ に向けた

「もう。 それじゃ、ちゃんと塗れないよ・・・」
は俺の前にまわって座りなおし、薬を自分の指先につけた。

相変わらず、小っさくて、白くて、か細い手と指。

こいつ、ちゃんと忍びとしてやってけんのか?
俺はおせっかいな心配をしていた。

そんな事を考えていると、いつの間にか、の顔が俺の目の前
に近づいている。

真剣に俺の顔の傷を見つめながら、丁寧に薬を塗る
俺の目は釘づけになっていた。

少し茶色い瞳、くりっと上向きの睫毛、小さい鼻と、ピンクに色
づく唇・・・・
の顔をこんなに真剣に見つめたことなんて無かった。

自分の感情はどうあれ、はかわいい顔だとは、前から
思っていた。
だが、今、自分の目の前にいるの顔は、かわいいはもとより、
美しささえ感じる。か弱く見える細い首元は、色気さえかもし
だしていた。

やべぇ・・・俺・・・・何、考えてんだよ・・・・

思わずの体に手を伸ばそうとした自分をなんとか理性
で押しとどめた。

はそんな俺の気持ちもしらないで、相変わらず真剣な
顔で薬を塗っていた。

俺は自分の手をグッと握りしめて、暴走しそうな欲情を
必死で押さえていた・・・・

「はい。終わったよ」

の顔が俺から離れていく。
俺は内心、すげーホッとした。

「お、おぅ・・・悪いな、

「3日も塗れば、きっと傷も残らないよ。以外と浅い傷で
 良かったね」
は笑顔で言った。
それから、
「けど、3日はきちんとつづけてお薬塗らなきゃダメよ!」
俺の顔の前で人差し指を一本たてて「約束だよ!」と言った。

「めんどくせーな。一回塗りゃー もういいんじゃねー」

「ダメダメダメ!そんなことじゃ、せっかく治る傷も治らなく
 なっちゃうんだから!ちゃんとして!」

俺の顔だろ?お前のじゃねーっつうのに、なんでそんな必死
になんだよ!お前、昔から人が良すぎなんだよ。
告ってきた男のことだって・・・・・

また嫌なこと 思い出しちまった・・・・

「分かったよ。 うるせーな、まったく」
俺はぶっきらぼうに言った。

は溜息をついてから、
「シカマルはめんどくさがりだから、絶対やらないよね・・・
 仕方ないから、明日はまた私が薬を塗りに来てあげるね!」
の笑顔があまりにもかわいくて、

「ガキじゃねーんだから、いいって言ってんだろ!
 そんくらい自分で出来るっつうの!」
俺はプイッと顔をそむけた。

「だめ!明日は私が塗る!!けど・・・・・」
急には黙ってしまった・・・

「けど・・・・なんだよ・・・・」

「あさっては・・・・・自分でやってね・・・・」
は下を向いてしまった。

俺には、それがどうゆう意味かすぐに分かってしまった。




・・・・・・・・あさって・・・・男と会うんだ・・・・・・




腹の底から、怒りが込みあげてくる感じがした。
に? いや、顔も分からねぇその男にか?
それさえも分からねー とにかくイライラして
キレそうだ・・・・


「やっぱ やるのやーめた」
俺は乱暴にベットにドカッと座った。

「え?」
はそんな俺に驚いている。

「やっぱめんどくせーー お前がやってくれよ!
 んじゃなきゃ、俺はやらねーから」

まるで子供みたいだな俺・・・・最低だ・・・・
そんなことで、を引きとめられる訳ねーだろって。

「シカマル・・・・」
は口篭った。

それから、ゆっくりと話しはじめた。
「あのね、あのね・・・あさってはダメなの・・・私・・・・
 昨日ね・・・私、告白され・・・」

の口から全部聞くのが怖かった。
「あー 知ってるよ。オッケーしたんだろ・・・・
 付き合うんだろ?そいつと・・・・」

は目を見開いて、口に手をあてて驚いていた。

「あさっては、そいつと会うのかよ・・・」

は黙ってうなずいた。

「ふーーん」

俺はさも興味なさそうに答えた。
けど、心の中は混乱を起していて、何かが暴走しそうだ。

「お前さ、そいつのこと好きじゃねーんだろ?」

俺はベットに座りながら、ぶっきらぼうに言う。
は何も言わず俯いている。

「なのに、付き合うのか?そいつと」

はそれでも何も言わない。

、お前、最低だな」

俺はそんな事を言いたい訳じゃなかった。
ただ、お前を他のやつに渡したくないだけだ。

「シカマルには分からないよ。私の気持ちなんて」
は涙をためた目で俺を見て言った。

俺には分からない?
んじゃ、そいつなら分かるってのか?
お前の気持ちが・・・・・・

俺はイラついた。

「あーー 分からねぇな。」
ぶっきらぼうに言うと、

は静かに言い返す。
「シカマルは本気で人を好きになった事なんて
 ないでしょ?」

俺は何も言わなかった・・・ただ、をジッと
見ていた。

「彼は私を真剣に想ってくれてる。
 だから、私、彼を好きになってあげたいの。」

「何言ってんの、お前?それで付き合うのか?
 そしたら、そいつを好きになれんのかよ?」

ありえねーよ。俺は吐き捨てるように言った。

「好きな人に振り向いてもらえない辛さを私は
 知ってるの。なのに彼はいつまでも待つって
 言ってくれたの。」

は泣いている。

「だからって・・・・」

「シカマルには絶対分かんない!!」

は俺の言葉を遮って、それだけ言うと、
俺の部屋から逃げるように、勢いよく部屋の
ドアをあけて、階段を下りて行った。

下からは、

「あら?ちゃん、帰るの?」

お袋の声がしている。

ガラララ

うちの玄関が開く音がした。
あわてた靴音。
は走って帰っていったんだ。

俺はを追いかけなかった。
いや、追いかけられなかったんだよ。
にかける言葉がどーしても浮かばなかった。

そして、腹に残る苦い想いは俺の体をベットに
しばりつけて、動けなくさせてしまった。



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