大事なもの  続き






昨日の夜の宴会はブレイコーということで、新入りも含め、みんな
 酒をあびるように飲み、歌い、それはものすごい盛り上がりであった。

 まだ少年の小平太は酒が飲めないこと、それにまずこのすさまじいノリ
 についていけず、宴会場から少し離れた長い廊下のてすりによりかかり、
 一人で夜空を眺めていた。

『おお!お前新入りか?』
 そんな小平太の背中から、ドキッとするような声がした。
『ア・・・は・はい!』
 小平太は勢いよく振り返って、その声の主を見上げた。
 それは、小平太より頭一個分ぐらいの背がある、がっしりとした体格。
 その髪は月明かりで、いつもより輝きの増したオレンジの色をしていた。
 その髪が夜風になびくと、耳のネックレスもゆるやかに揺れていた。
『か、頭!!』


       小平太は小さな村でごく普通に育った少年だった。
 別に何に不満もなく、かといって毎日が楽しみに満ちているわけでも
 なく、ただただ親のためにせっせと畑仕事をこなす優しい少年だ。

 しかし、いつの頃か七星士の勇敢な戦いの話を風の噂で聞くように
 なってから、小平太の穏やかな心に熱い思いが湧きあがった。
 (僕も七星士のように強くなりたい!立派な男になりたい!)
 それから間もなく、至t山の山賊の頭があの七星士の生き残り『翼宿』
 であることをしった小平太は、初めての家出を計画し、翼宿に会いたい
 いっしんでここにやってきたのだ。

 その憧れの翼宿・・いや、頭が目の前にいる。
 しかも自分に話かけてくれている。
 小平太はそれだけで緊張し、顔が硬直した。

『緊張せんでもええ。』
『は、はい!』
『お前もいっぱいやるか?』
 幻狼は酒の徳利を小平太の顔に近づけた。
 よくみると、幻狼はかなり酔っているようである。
『いいえ・・・ぼぼぼ僕は結構です!』
『おかしなやっちゃな。俺が怖いんか?』
『ちちちがいます!頭が目の前にいるので、か感動してるんです』
 ははは。幻狼は笑って言った。
『おもろいやっちゃな。俺はいつでもここにおるやん。お前らのそばに』
 幻狼の優しい言葉に小平太はホッとした。
 普段は幻狼の鋭い目や大きな体からかもしだすオーラに圧倒されて、
 実はとても怖かったのだ。
 でも今ここで、自分に向けられている幻狼の笑顔はとても優しく、
 男でも思わずドキドキしてしまうほど、輝いて見えた。

『お前いくつや』
『15です。』
『んなら、ここでは一番下っ端やな?』
『はい・・・・・』
 幻狼はもっていた酒をグビグビっと飲んで、かかかッと笑って言った。
『みんなにコキ使われとんのとちゃうか?』
『い、いいえ。そんな・・・・』
 本当を言うと、一番年下の彼は、先輩の山賊達の雑用係り・・・早く言えばパシリ
 であり、山賊らしい仕事もさせてもらえず、いつになったら自分は一人前の
 男として認めてもらえるのだろうと内心不安になっているところであった
 少し肩を落としてうつむいた小平太の頭をポンッと叩いて、幻狼は言った。
『気ー使わんでもええ。
 お前見とると、俺がここん来た時んこと思い出すわ。』
『え?頭がここにきたときですか?』
『俺もお前ぐらい背もちっこかったんやで。一番下っ端やった時は
  掃除やら洗濯やら雑用ばっかさせられとって・・・今のお前と同じ
 や。』
憧れの頭の昔話、しかも頭が自分と同じように小さくて、雑用ばかりして
いた。しかもそんな話を新入りの自分にしてくれた事が嬉しくて、小平太は
また顔が真っ赤になった。
その時、後ろの宴会場から声がかかった。
『こら!幻狼!なにいたいけな少年くどいとんねん!このロリコン!』
『ロリコン〜?それはお前やろ功児!』
幻狼はくるっと向きなおすと、宴会場でへべれけの功児めがて体ごと
ダイブした。
その瞬間に宴会場から山賊達のわーーーーーっという歓喜の声があがった!
幻狼が一気すると、みんながわいのわいのと盛り上がる。
幻狼はどこにいても、目立つ存在なのだ。そしてここの華なのだ。
かなり酒がまわったのか、幻狼は足をふらつかせながら、また小平太のところ
にやってきた。
『お前!またその少年かい?やっぱ怪しいでコイツら〜!』
へべれけ功児の突っ込みに、場内は大爆笑になった。
『うっさいわ!あほ!お前らみたいな下品なやつらより、
  俺こいつの方がまじでええわ』
幻狼はふざけて、小平太の小さくて細い体を抱きしめた。
幻狼の厚い胸と力のある腕の力に抱えこまれ、小平太は身動きもできずに、
顔を真っ赤にして縮こまっていた。
『あっちいくか』
『え?』
幻狼は小平太の腕を掴むと、長い廊下をずりずりとひきづるように
宴会場を離れて、静かな場所へと連れて行く。
小平太の後ろからは、
『こらー小平太!ケツ痛なるぞー。戻ってこーい』
小平太をからかう功児の声が廊下の向こうから響いてきた。
しかし、幻狼はおかまいなしに、小平太をやかましい宴会場から離れた
暗がりに連れて行った。
小平太は自分の腕をガッシッと掴む幻狼を見上げてみた。
幻狼は男から見ても確かに惚れ惚れするほどかっこいい。
しかも・・・・確か女嫌いだった・・・・でもでも・・・・
『頭!勘弁してください!僕、僕は頭が好きです!でもそうゆう好きじゃ
 なくて・・・あの・・・どっちかっていうと、そっちの好きは女の方で、頭を
 好きなのは、男としてで・・・えっとえっと・・・』
ひきづられながら、必死で足を踏ん張って、ついに小平太は叫んだ
ボコッ!
小平太はいきなり頭を殴られた。
『アホ!俺はそんな趣味ないわ!』
『へ?』
小平太は殴られた頭をなでながら、ポカンと口を開けて、幻狼を見上げた。
『今夜はええ気分やし、お前に先代の頭の話ししたるわ!』
『え?アッはい』

小平太は何がなんだか分からず、ただただ幻狼を見つめていた。
『お前見とると、先代の頭に憧れて、ここでがむしゃらしとった頃のこと  思い出すねん。 先代はなー、そりゃカッコエエ人やったわ。』
幻狼は薄暗い廊下の手すりにもたれながら、星空を眺めながらいった。

お酒のせいだろうか、幻狼の瞳はなんだか潤んでいるように見えた。
それから、幻狼は小平太に先代の頭の話をはじめた。
幻狼の熱い語りっぷりから、小平太にも先代のかっこいい姿が想像できた。
多分自分ももし、先代の頭に会うことができたら、きっと惚れてしまう
だろう。
小平太にとっては、誰よりもかっこいい男である幻狼が尊敬する男。
どんなに大きな存在であったかがよく分かる。
『もう一度、おうてみてー・・・』
幻狼は誰に言うでもなく、ポツリとつぶやいた・・・・
月が照らし出した幻狼の横顔は、いつもの覇気が消えうせ、あまりに寂しそうに
見えた。
頭の悲しい顔なんて見たくない・・・願いをかなえてあげたいけど・・・
死んだ人間に会う事は不可能だ・・・
でも・・・・・そうだっ!!

小平太の頭に、幻狼をなぐさめられそうな言葉が浮かんだ。
『頭・・・俺、聞いたことがあります。お盆には死んだ人間が一番戻りたい
 と思っている場所にかえってくるって。ちょうどお盆の時期ですし、  きっと先代もここにかえってくるんじゃないですか?』
幻狼はへっ?という顔で振り返った。

小平太はほんの少しの慰めで言ったつもりだったが、振り向いた幻狼の目
は輝いていた・・・それは決して、月明かりのせいではなかった。

幻狼は突然立ち上がると、いきなり小平太1の肩をぐわんぐわんと揺らし、
おかげで小平太の首はガクガクして目の前の幻狼の顔がまともに見えなく
なった。

『おい!お前!それホンマけ?っつうことはまた先代に会えるんやな!
  そやな!』
今度はがっしりと肩を掴まれ、ぎらぎら輝く目で見つめられ、小平太は身動き
がとれずに言った。
『は・・・はい・・・・でも、実際に目に見えるかどうか・・・』
『アホ!見えるにきまっとるやろ!俺、視力ええんや!功児によう
 獣なみって言われとんねん!』
『いえ・・・そういう意味じゃー・・・』
こうなると、もう小平太の言葉など耳に入らない様子で、幻狼は興奮して
持っていたとっくりの酒を一気に飲み干した。
『よっしゃー!絶対おうたるでーー!俺の今の有志を先代に見せたるんや!』
そういうと、幻狼は小平太の事など忘れてしまったのか、外へ向けて廊下を走りだした。
『頭!ど、どこへ!?』
小平太があわてて叫ぶと、幻狼は顔だけ振りかえって言った。
『アホ!先代に会いに行くに決まってるやろ!』
そう言うと、幻狼は外へ続く階段を降りるのも面倒と、2階の高さから廊下の
手すりをフワッと飛び越えた。
『あ!』 小平太はびっくりして声をあげた。
地面に着地すると、草の抵抗もものともせず、幻狼はまるですべるように、
草原をぬけて暗い闇の中へと走り去って行ってしまった。
あっけにとられて呆然と見ていた小平太の目には、満月の光をうけ、逆光で
陰になった幻狼の姿がくっきりと焼きついた。
『お・・・狼・・・・』
荒々しく、しかし軽やかで、すばしっこいその姿は、まるで野生の狼そのものだった

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