大事なもの






チュンチュンチュン・・・・
小鳥の声がまだボーッとした頭の中で朝をつげている。
今日は天気もすこぶる良いのであろう。
少し開けられていた古い木枠の窓から差しこむ真夏の日差しは
寝ぼけ眼の彼に少々きついモーニングコールをしているようだ。

「なんや。もう朝かい・・・」
「ふぁぁぁ」あくびを一つ。
普段は元気だけが取り得の彼だが、今日は体中がダルく、目は重たく、
おまけに軽い頭痛までもが彼のテンションを下げさせていた。
「あかん・・・何も覚えてへん・・・・」
顔をこすりながら彼は一人言をいった。
昨日の夜は宴会で、かなりとばしまくった事は、おぼろげながら覚えて
いるのだが・・・・
とにかく記憶は途切れ途切れで、曖昧で、こわれたフィルムのようだ
「まーええか・・・・」
立ち上がる気力はなく、寝台の上にあぐらをかいてぼーっとしていた。
その時、いきおいよく部屋のドアが開いた!


「こらーーー!いつまで寝とる!はよ起きんかーーい!」
朝からハイテンション。しかも大声・・・
この声の主は・・・
ドアは逆光で顔は見えない。
しかし彼にはこの声の主が誰なのか、そんなことは考えなくても分かっていた。
「朝からうるさいんじゃ!アホ功児!」
機嫌も具合もイマイチな彼はかなりぶっきらぼうに返事をかえした。
「なんやてー!ふつうでも極悪な顔のくせして、なんやそのよどんだ目つき
は!お前は人間の皮かぶった妖魔やろ!幻狼!」
「やかましい!」
そう彼は幻狼。
ここは至t山の山賊の住処。そしてここは幻狼の部屋である。

「どーでもええけどな。朝飯できとんで。なんならお前のぶんも食う
てきたるわ。」
かかかかっ 不機嫌そうな幻狼を無視して、功児は笑って食堂へ向かって
行った。
「はぁ・・・・」
幻狼は下を向いて溜息をもらした。
気分は悪い・・・しかし自分は山賊の頭。
昨日の宴会で弱っているなど、下っ端の仲間達に見せられない・・・

「しゃあない・・・行くか・・・・」
幻狼は重い体を「よっこらしょ」とでも言いたげに、だるそうに動かし、
寝台から足だけ下ろして座りながら、服を着がえはじめた。

幻狼の服はそんなにレパートリーがあるわけでは無い。
着替えはいつも無造作に脱ぎ捨ててあり、寝台から手に届く範囲に
身に付けるべきもののすべてが転がっているので、目を閉じたままでも
着替えることが出来るのだった。

「ふぁぁぁぁー・・・」
ひととおり着替えも終わり、さあ行くかと立ち上がった時、
「ん?なんや、やけに体が軽いな・・・??」
だるさが抜けた訳では無い・・・それよりも体の一部分がすっきりと
軽い感じだ・・・・
(ん?・・・・・・・)
しばし沈黙・・・・


でぃやーーーーーーーー!!
幻狼の獣のような雄たけびが至t山にこだました。
「無い!ないなななななない〜〜〜い!!鉄扇が無い〜!!」
幻狼は横山やすしの往年の「メガネメガネ」のギャグのように、
床に這いつくばって、両手をわさわさと動かし、あわてふためいた。
(やばい!やばいで!あれが無くなったら・・・えらいこっちゃ!)
幻狼は棚の中身をひっくり返したり、布団をバサバサと振ってみたり、
その動きはコマ送りの人形のように素早かった。
「あかん!どこにもあらへん・・・なんでやーー!」
幻狼は頭を抱えて、しゃがみこんだ。
(昨日はあったで・・・そうや、ちゃんと背中にしょってたはずや・・・)
幻狼の頭の中で昨日の出来事が走馬灯のように流れていった。

しかし肝心な記憶が二日酔いで途切れ途切れの上、残っている記憶の
ほとんどは、功児との漫談が以外にみんなにうけたので、本気で漫才師に
転向すると断言して、仲間達にさんざんとめられたことや、調子にのって、
額に鬼の字を書いて、「死にな!」と鬼宿の決めゼリフをマネをしてみたり
したアホはものばかりだった。

「分からん・・・一体どこで無くしたんや・・・」
焦れば焦るほど、記憶は飛んでいく・・・
(そうやっ 無くしたことがみんなにバレたら・・・)
幻狼の顔から冷や汗が流れ落ちた。

その時、またもや勢いよくドアが開かれた。


「なんや!なんや!今のさかりのついた獣のような声は!お前か!」
それは今一番幻狼が会いたくない人物だった。
「誰が、さかりのついた獣じゃ!あほ!
 いつも発情しとるんはお前やろ功児!」
幻狼はそれまでの焦りを忘れ、いつもの癖で思わず功児にツッコミを
入れてしまった。
「うるさいわっ!それはそうと、お前、どないしたんや?」
功児は本当に心配して来てくれたらしい・・・
相棒の心配そうな顔を見て、幻狼は我にかえった。
「な、なんでもあらへん。ちょっと発生練習を・・・
 あ・え・い・う・え・お・あ・お〜。あーーーらららー♪っな。」
(やばいで!功児にだけは絶対バレたらあかん・・・俺殺される!)
幻狼は手を組み、目を閉じて、陶酔しきった顔を作り、あくまでも発声練習
をしている様子を演じてみた。
「ほっほーー。そりゃ、ご苦労さん・・・」
(あかん。こいつ。連日の暑さでとうとういってもうたか・・・)
焦りを隠そうとする幻狼の思惑は、紙一重で成功した・・・
かに思えた・・・だが・・・・

「ん?幻狼・・・よう見てみると今日のお前なんか変やな。」
ギクーー!! 幻狼は固まった・・・・
「何言ってるんだいセニュール!この僕の一体どこが変だっていうんだい?」
焦った時の幻狼は誰がどうみても変だ。
「何て・・・なんや分からんけど・・・いつもより何か足りん感じが・・・」
功児のするどい指摘はつづく。
ギクーー!!パート2!
「あーーーはははは。僕はいつだって完璧な男さ!足りないものなど無い!」
幻狼の変な標準語の語尾はかなり焦って、逆ギレていた。
しかし功児はおかまいなしにつづけた。
「おお!そうやそうや!分かったで。幻狼!お前いつものあれしてへんやん!」
ギクーー!!パート3!
「アホーー!!あんな重たいもん、そう毎日つけてられっかい!
俺かて肩もこるんじゃ!ボケ!」

焦った幻狼はマジギレして功児の胸倉をつかんで叫んだ。
「おんどれ!離さんかい!」
功児も当然といっちゃー当然だが、キレた。
「ネックレスごときで肩がこるやて!その体、もういっぺん鍛えなおして こんかい!この軟弱野郎!」


シ〜〜〜〜ン。沈黙沈黙・・・

「へ?ネックレス・・・・?」

幻狼が我にかえったとき・・・・・・・
バキッ!バキッ!
功児の強烈な蹴りで、幻狼は部屋の隅に弾き飛ばされた。
「バレてへん・・・よっしゃセーフや・・・でも俺はアウトや・・・」
功児の一撃ですっ飛んだ幻狼はへにゃんと倒れていた。


「よっしゃ。なんとしても、みんなに気づかれる前に探さんとな・・・」
しばらくして幻狼は功児の一撃から立ち直ると、拳を握り締めて固く
心に誓うのであった。
「まずは自然に自然に・・・」
幻狼は食堂に向かって長い渡り廊下を歩いていった。
廊下では山賊の手下の者が幻狼が通りすぎて行くたびに
「おはようございます!頭!」
と頭をさげてくる。
「おお!」
幻狼はいつものように大きな声で胸をはって返事を返していく。
その歳のわりに大きな体からは威厳さえも感じるほどだ。


そんな幻狼は、ここの山賊達にとっては憧れの的なのだ。
とくに七星士での勇敢な戦いは山賊の間でも伝説のように語られ、
幻狼が少々誇張して大げさに話して聞かせた事もあり、幻狼の存在は
誰もが恐れ、尊敬に値するほどになったいた。
しかし、根っからのお笑い系であることや、本人にあまり自覚が無い
ことから、親しみのもてる愛すべき人物として人気があることも
確かだ。
(よっしゃ。誰も気づいてへんようやな・・・)
幻狼は心の中で溜息をついた。
もうすぐ食堂だ。
入り口から一人の手下のものが食堂からでてきた。
(あいつで最後やな・・・)
その若い山賊はいつものように幻狼に
「おはようございます!頭!」
と声をかけた。
「おお!おはようさん!」
(ふぅ。きりぬけたで!)
幻狼が胸をなでおろした瞬間・・・・・
「あれ?頭。大事なもの忘れてはりますよ!ほらハリセ・・・」
幻狼はくるっと向き直り、その山賊の手をがばっととって、小指をからめた。
「ンボンのーます!指切った!」
突然、憧れの頭に手をとられ、指までからめられて動揺した若い山賊は
ただただボーゼンとしていた
「か、頭、・・・あの・・・」
かわいそうに若い山賊は真っ赤になって、まるで初恋でもしたかのように
わたわたとあわてている。
「ぬははは!」
幻狼はこの続きをどうしたもんかと変な笑いでごまかしていたが、
さすがに悪運の強い彼はとっさに思いついたでたらめを言った。
「ええか!お前!俺と約束したんやからな!しっかり働いてもらうで!
みんなの食事になりそうな獲物を今夜中に探してこい!さもないと」
幻狼の目つきが鋭くなった。
「さ、さもないと・・・・?」
怯えた山賊は言った。
ハリセンボン飲ましたるーーー!!
「は、はいーーーーーーーー!」
若い山賊はドピューーッと音をたてて、エンジン全開で走り去って
いった。もちろん夕飯の獲物をとるために・・・

「許せ、若ぞう・・・みんな自分がかわいいんや・・・」
幻狼はもっともらしく、ふっと溜息をつき、前髪をかきあげた。

「ちょろいもんやで!」
幻狼は調子ずいて、勢いよく食堂に入り、かなりテンション高めで
「おお!おばちゃん!飯たのむでーーー」
と叫んだ。
しかしそこには幻狼のテンションを思いっきり下げる人物がまだ
一人残っていた。
「こ、こ、功児くんやないですかーーー?まだ飯食うとったん?」
「食うてたら悪いんか・・・・」
でっかい食堂でただ一人、ムスッとした顔で頬杖をつきながら、箸の
先で煮物の芋をブスッとさす功児がギロッと睨んだ。

「さっきはすまん・・・ほれ、昨日の呑みで具合悪ろうて、
そんでな・・・なんやイライラしとってん。堪忍なー功ちゃん」
「ふん。もうお前の心配なんぞしてやらんわい。死んでまえ!
  おお!おばちゃん。こいつの飯、肉ぬいといてや。」
それだけ言うと、功児は肩にまとわりつく幻狼をはらいのけて、
もくもくと芋を食べはじめている。
「またまたまたーー功児くんたら・・・いけずーー」
幻狼は普通だったらケンカでも起こしそうなこの状況をグッとこらえ、
功児の肩をもみ、腕をもみ、終始笑顔で功児の機嫌とりをした。
そんな幻狼に根負けしたのか、功児は言った。
「お前、今日はどないすんねん。俺は新入りの小平太つれて、山の周りに
しかけとった罠の点検に行くで。お前も来るか?」
「小平太?誰や、それ?」
「なんやお前、昨日、仲ようしゃべっとったやないか?」
「はぁ?」
幻狼は首を傾げた。
新入りの男・・・なぜ自分はそんな男と仲良くしゃべっていたのだろう?
一体何を語っていたんだろうか?まったく思い出せない・・・・
幻狼の頭はますます混乱した。
しかし、何はともあれ功児とは別行動をしなくてはならない。
誰にも気づかれず、鉄扇を見つけるのだ!
「俺は大事な用事があるで、すまんが2人で行ってくれや。」
「そうか。ほな、そうするわ。」
功児の返事に幻狼はふーーーーぅと溜息をついた。
(これでゆっくり探せるで・・・)
「幻狼・・・何にやけとんねん。気持ち悪いからやめえ!」
幻狼は知らぬ間におかしな笑みを浮かべていたらしい。
功児はうさんくさそうに幻狼をチラッと見たが、そのまま食堂を
出ていった。

食事を済ませた幻狼はまず部屋にもどって、あることをはじめた。
「えーーと、確かこのへんにあったはずや・・・」
棚の奥から白い紙を出し、ぼろ布などをひっぱりだしている。
そして何やらつくりはじめた。
「できたで〜!」
それは紙でできたニセの鉄扇だった。
「とりあえず、これをしょっておけば、見た目はわからんやろ。
 その間に本物を探すんや!やっぱ俺って天才やなー」
悪知恵だけは人一倍働く幻狼であった・・・・・
紙の鉄扇を背中にしょうと、幻狼はいそいで部屋を出た。
「部屋にあらへんゆうことは、きっとこの屋敷の外や。
そうとう酔うてたから廊下から下の草むらに投げてしもたかもしれんし・・・」
長い廊下の手すりから身を乗り出して、下の草むらを覗き込む幻狼の
背後から、声がした。
「頭!どうされたんですか?何か落し物ですか?」
幻狼はあわてて振り向き、声の主に言った。
「なんでもあらへん!今日は暑いで、風にあたっとっただけや!」
「ほう・・・もうさぼっとんのかい、おのれは!」
ドキッ!
(また功児!つうことは、こいつが小平太か・・・初めて見る顔やんけ。
  俺、こんなガキと話した覚えないで・・・)
「まったく今日のお前はいつもより5倍は変やで。」
どこをどう計算すると5倍なのかはわからないが、とにかく功児は
あきれ顔で、これから行くのか罠の準備の道具を両肩にかけて、汗だくで
答えた。
「アッ 副頭!おいらが全部持ちます。先に罠の準備しときますさかい」
若い山賊は功児を気遣うように、小さな体に重たい荷物をしょって、
玄関につづく廊下をよたよたと歩きはじめた。
「お!小平太!ええ心がけや!」
功児は満足気にそんな子分の後姿に声をかけた。
少年ははにかむように振り返り、またよたよたと歩いていった。
功児は良い気分になったのか、幻狼の方に笑顔で振り返ると、
「くあーー。」と伸びをしてみせ、
「ほんまにええ風やな。草も木も気持ちよさげになびいとるで。
なぁ幻狼。見てみい!お前の背中で鉄扇もなびいとるで・・・」
「さよかー」



え・・・・
しばし見詰め合う2人。沈黙沈黙・・・
「なんで鉄扇がなびいとんねん!鉄がなびくかぁぁぁ!」
功児の大声を制するように、幻狼が功児の口をガバッとおさえて言った。
「ためしたんや!暑さでお前の頭がいってもうてないかテストしたんや!
 よう見やぶったな!功児!合格や!合格〜!おめでとさーーん!」
幻狼は功児の背中をバシバシ叩いて、ばんざい三唱した!
「おのれは・・・・・・」
功児の殺気・・・・・・
「くだらんことやっとらんで働かんかい!もっぺん死ねやーー!」
バキッ!バキッ!
またもや功児の強烈な蹴りで、幻狼は長い廊下を弾き飛ばされた。



「そうや・・・やっぱ紙っちゅうんわ、甘かったな。」
幻狼は功児の2度の蹴りでボロボロになりながら、再び自分の部屋で
ニセ物を作りはじめた。
「よっしゃ!これなら完璧やで!紙は紙でも厚紙や!」
それはダンボール紙ほどの厚さがあり、確かにちょっとやそっとじゃ
びくともしないようなものだった。
「今度こそ、ほんまもん見つけたるでーーー!」


幻狼は草を両手でかけわけ、地べたをはいつくばった。
俺のかわいい鉄扇ちゃん。はよでてきてや〜
幻狼は小声でささやきながら、手下の山賊たちには気づかれないように
慎重に草に身をかがめながら探した。
そうこうしているうちに屋敷の周りはすべて探しつくしてしまった。
それでも鉄扇らしきものは見当たらない。
「おかしいで・・・屋敷のまわりやないな・・・」
その時、あきらめていた記憶の隅に、夜の草の匂いがよみがえってきた。
(そうや・・・理由はわからんけど、俺は昨日の夜、確かに一人で、屋敷の外
  にいったで・・・)
耳の奥に自分の足が、夜露でぬれた草をギシギシと踏みしめて歩いていく
音がわずかによみがえってきた。
「そうや、確か満天の星が見えとって・・・気分も最高やった・・・
  あの場所は・・・・」
幻狼は何かを思いついて、勢いよく走りだした!



その頃、功児と新入りの若造、小平太はジリジリとした暑さのなか、
敵の山賊や獣をおとしいれるための罠の点検作業を行っていた。
「副頭。ここには何もかかってません!」
「おおそうか!ほな、こっちで新しい罠しかけるで!」
「はい!」
小平太は体こそ小さいが、功児の言うことを手抜きをせず、きちんと
こなし、まじめで、これからが楽しみだと功児は内心思っていた。
「まったくあのアホタレとは大違いやな・・・」
「へ?」
「あーー。こっちの話しや。」
アホタレ・・・・もちろん幻狼のことだろう。

小平太は罠の穴を覗き込んで感心したように言った。
「こんなに深い穴・・・おちたらひとたまりもありませんね」
穴の底は薄暗く、夏の暑さを遮るように、湿った土で中はひんやりとしていた。
どうみても人間一人で掘れる深さとは思えない。
「ああ。これな。幻狼がほった穴や。あいつ力だけはあるよってな。
 俺と穴掘りの競争するとか言うて、半日でこれやで?なっアホやろ?」
功児は笑って、小平太の肩に手をかけた。
「頭、一人で・・・すごい・・・やっぱ頭はすごい人ですよ! 俺、頭みたいな
 かっこいい男になるのが夢なんです!」
小平太の頬は興奮して紅潮している。
その様子に功児は正直驚いた。
(なんやこいつ幻狼に憧れてんのかいな・・・確かにあいつはええ奴やし、
  俺かてほんまはあいつの男気には惚れとるけど・・・そやかて
  ちょっと美化しすぎとちゃうか?)
小平太の目は感動でうるうるしている。
「お前なぁ。夢見る少女みたいな顔やめぇ。そのうち幻滅してもしらんで」
「そんなこと絶対ありません!」
小平太がキッと功児を睨んだとき・・・・・

バキバキボキバキズドーーン!
というけたたましい音とともに、
ハギャーーという獣の雄たけびが聞こえた。

「お!なんやかかったみたいやで!」
「ななななんの動物の声ですか?」
功児と小平太はもう一つの罠にかかった獲物をとりおさえるべく、
穴に近づいた。
「なんの動物でもかまへん!腹に入ってしもたらみんな同じや!」
「ははいーーー・・・」
小平太はビクビクして入る
「んじゃ、行くで〜 縄用意しとけや!」
「はッはい!」
「おかずちゃんこんにちは〜今夜の夕食を取りにきたイケメンの功児ですぅ
まーそれはよういらっしゃいました。お入りください。ありがとーー」
2人は功児のいつものかけ声で穴を覗き込んだ。
穴の底で獣がこたえた
「俺食うても、うまないで・・・」

「げ、幻狼!」「頭!」


「お前〜〜!!なにしとんじゃこのボケッ!自分で掘った穴に落ちて
 どないすんねん!」
小平太の用意した縄を伝って穴からはいだしてきた幻狼に功児は
怒鳴った。
「またお前らかい・・・堪忍してや。俺忙しい言うてるやろ・・・」
「それはこっちのセリフや!もっぺん穴に落したろか!」
二人が胸倉をつかみあった瞬間、小平太が叫んだ!
「てててて鉄扇が折れてますぅぅぅ!
「なななななんやて〜〜!」
あわてた功児は幻狼の背中から鉄扇を抜き取り、振り上げた。
「ほんまや!折れとるでぇ!どないすんねん!鉄扇がぁ!」
あまりのショックに頭が混乱して、その場にうづくまっている功児
の肩に手をやって幻狼はおちつきはらった声で言った。
「大丈夫やて。ほれ。ここにスペアーもあるで・・・」
折れた鉄扇をポイッと草むらに捨てると、幻狼はもう一つ鉄扇を
出した。
「スペアー?・・・・・」
「か、頭。鉄扇って二つあったんですか?」
「ん?」
シ〜〜ン・・・幻狼と小平太はしばし見つめあった。

「あるわけ・・ないやろ・・・・」
ユラーりと立ち上がり、幻狼にポイ捨てされた鉄扇を握りしめた
功児が、殺気をおびた目で幻狼の前にたちはだかった。

「なぁ幻狼・・・鉄扇はいつから厚紙になったんやろなー・・・・」
ポンと幻狼の肩に置かれた功児の手からはあきらかに殺意が芽生えて
いた。
「い、いつからやろー幻ちゃん分からへん〜。」
「げ・・ん・・・・・ろ・・う・・・」
功児の目は人殺しの目だった。

「白状せえやーーー!お前の今日までのおかしな行動の洗いざらい
 全て吐かんかいー!」
「すんませーーーん。言います!言いますよって、許してください!」
はぁはぁ・・・息の荒い功児の足元に土下座して、幻狼は謝った。


幻狼は朝からのドタバタの原因を洗いざらい白状した。
話を聞いた功児は怒りに肩をワナワナと震わしながら、幻狼の胸倉を
つかんだ。
「にゅわにー!鉄扇が行方不明やとーー!なにやっとんねんお前は!
  ボケッ!」
「しゃーないやろ!昨日俺にさんざ、一気させたんは、お前や!功児!」
「それを喜んでしとったアホは誰や!幻狼!」
2人はこれから取っ組み合いのケンカでもはじめんばかりの勢いで
言い合いをはじめた。
「頭も副頭も落ち着いてください。」
小平太は自分よりもずっとデカイ2人の体の間に入り込んで、
なんとか2人を引き離した。
「ケンカしている場合ではないと思うんです。今は本物の鉄扇を探し
だす方が大切です。」
離れてもなお睨みあう2人の間で、小平太は一人冷静な判断をしていた。
「そーやな。今はその方が大事や。幻狼、ケンカはあとやで。」
「ああ。そうやな・・・功児んなら、その足をどかさんかい!
功児は言葉とは裏腹に幻狼の足を思いっきり踏みつけていた。
「お前は反省というもんを知らんのじゃ〜!」
「さっきもすまん言うたやろ!年のせいで耳までイカレたんかー
 ボケ老人!」
「もう勘弁ならん!幻狼!死んで反省せえや!」
「上等じゃボケッ!お前なんぞ俺が叩きのめしたるーー!」
2人は間にいる小平太のことなど目にも入らない様子で、取っ組み合って、
ケンカをはじめた。
足元に転がり、相手の顔を思いっきり殴りあう2人に小平太はオロオロと
していた。
(どうしようケンカを止めたいけど、力では2人にかなわないし、
  鉄扇さえみつかれば・・・一体鉄扇はどこに・・・・)
その時、小平太の頭に、昨日の幻狼との会話がふと浮かんできた。


   
55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット